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インタビュー

日暮愛葉


 日暮愛葉が〈オルタナ・クィーン〉と呼ばれるたびに、それはどういう意味なんだろう?と思っていた。シーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハーで活動していた時代から、欧米のオルタナ・シーンで高い評価を得ている数少ない日本人アーティストの一人であることは間違いない。だが、海外でも互角に渡り合っていけるアグレッシヴで挑発的なその本人のイメージをして〈オルタナ〉というわけでもないだろう。彼女が関わる作品にはそれこそ〈女王〉の名にふさわしい特有の音質がある。シーガル活動休止後初となるソロ・アルバム『Born Beautiful』を聴いたときも、まずいちばんに感じたのは、その音に対する彼女のこだわりだった。

「いままで、どうしてみんな私の作品の〈音の部分〉を訊いてくれないんだろう?って思ってて。今回のアルバムも、声の質感はもちろんのこと、低音と声のバランスにはこだわったんです。間隔が開きすぎず、目が詰まりすぎてツブレてしまわないようにって。その部分はエンジニアのグレッグもちゃんとわかってくれました。もちろん、そのグレッグを紹介してくれたのはZAKなんですけど」。

 グレッグとは、グレッグ・カルビ。ストロークス、ヨ・ラ・テンゴ、レニー・クラヴィッツなどの作品を手掛けてきたマスタリング・エンジニアだが、そんなグレッグと、シーガル時代からの付き合いとなる、お馴染みZAKと共にニューヨークでマスタリングを行った今回のアルバムにも、一音一音の粒子にしっかりと意味を持たせるような強い意志が漲っている。そして、その音を編み出しているのが他ならぬ日暮愛葉自身であることは知っておくべきだろう。

「私、テクニカル・タームみたいなことは知らないし、ZAKがどうやってこの音を出してるのかって仕組みも知らないし、音符も書けないですけど、自分の曲に適している音を自分でしっかり出していくようにはしているんですよ。それも、普通に机とかコップとかを叩いたときに出る音を〈これよりもっと硬い感じ〉とか〈それより二歩右に寄った感じ〉って見つけていくんですよ。1とか2とかで割り切れる〈記号〉みたいな作品にはしたくないですから。自分のなかにその曲ごとの明確なヴィジョンがあるから、音作りに関しては絶対に譲れないんですよ」。

 柔和なタッチで描かれたメロディーラインや、ナチュラル・トーンのヴォーカルからは、確かにシーガル時代にはあまり見受けられなかった穏やかな視線を感じ取ることができる。そこに彼女のメロディーメイカーとしての卓越したセンスを見い出すことは容易だろう。けれど、それとて愛葉が、まるで部品やパーツから丹念に組み立てていくようなサウンド・クリエイターとしての自覚があるからこそ。いいメロディーはいい音があって初めて成立する。愛葉は誰よりもそれを知っているのだろう。だから『Born Beautiful』のメロディーは限りなく生々しくリアルなのだ。

「〈今回は歌モノですね〉って言われたら、〈そうですよ〉とは答えますけど、別にそこに大きなポイントがあるわけじゃない。例えば、勝井(祐二)くんに弾いてもらったヴァイオリンのピチカートの音も、5つあるピチカート音のうちの4コ目じゃなきゃイヤ!って主張して(笑)。テイクのなかの埋もれている音を出してもらったんです」。

 ほかにも、1枚何万円もする板の上に裸足で乗って歌ってみたり、声のトーンによってマイクを変えてみたり、といった工作風のアイデアがめいっぱい隠されているという。記号的な作品を嫌う彼女は、そうやってすべての曲にひとつひとつ異なる魂を注入していっているのだ。

「絶対にヴィンテージでアナログな音じゃなきゃイヤ!ってわけでもないんです。ハードディスクを使用して作った元々のデモをそのまま活かした曲もありますよ。かと思えば、家では小さなテレコ相手に鼻歌で曲を作ったりもするし……だから、音楽を作っていることにまったく飽きないんですよ」。

PROFILE

日暮愛葉
92年、小山ナオと結成したシーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハーで、音楽活動を開始。これまでに4枚のオリジナル・アルバムをリリースすると共に、海外でのライヴ活動も精力的にこなし、その音楽性が国内外で評価される。2002年、同バンドが活動を休止すると同時にソロ活動を開始。作詞・作曲・プロデュースを手掛けたYUKIのソロ・デビュー・シングル“the end of shine”がヒットするなど、順調なスタートを切る。2003年9月にファースト・シングル“NEW LIFE”、11月にセカンド・シングル“FANTASY”をリリースして注目を集めるなか、2004年1月7日には、待望のファースト・アルバム『Born Beautiful』(キューン)がリリースされる。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2004年01月15日 13:00

更新: 2004年01月15日 17:31

ソース: 『bounce』 250号(2003/12/25)

文/岡村 詩野