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インタビュー

J-Kwon


 いまのメインストリーム・ヒップホップがどうなってるのか知りたければ、J・クウォンの“Tipsy”を聴けば早い。トラックボーイズの仕立てたフロアライクで大雑把なバウンス・ビートに乗せて、恐ろしく間延びしたレイドバック・フロウがのたうち回るこの曲は、アッシャー“Yeah!”などと並んで、早くもこのシーンの2004年らしさを体現したスマッシュ・ヒットになっている。ネリー軍団、チンギーに続いて、またしてもセントルイス発となるこのニューカマーは、何と弱冠17歳。生まれた時からヒップホップが身近にあった世代の勢いをまざまざと見せつける存在でもある。

「もちろんヒップホップを聴いて育った。オレのクラシックはジェイ・Zの『Reasonable Doubt』に入ってる曲全部さ。彼がラップしてるようなことを、オレはセントルイスでたくさんしてきたんだ」。

 歴史に名を留める名盤『Reasonable Doubt』のライムは、ジガのハスラー経験に基づいて綴られたものなので……つまりはそういうことだ。

「ラッパーになることを反対した母親から離れて、12歳の頃から路上で寝泊まりしながらライムを書きはじめたんだ。そのうちドラッグを売ることを思いついて、金を儲けてはスタジオに入ってたよ」。

 ライターの灯りだけを頼りにペンを走らせるような生活は1年半ほど続いたという。そんな夜闇に光明をもたらしたのは、同じ地元から突如として世界に名を轟かせたネリーの存在だった。

「地元にいても成功できるという可能性を彼がオレたちに見せてくれた。オレも含めてみんなの地元意識も強くなったね。だからオレたちにとってネリーはメイヤー(セントルイス知事)のような存在だよ」。

 やがて、「父親的な存在」だという現マネージャーのショーン・コードウェルに拾われ、J・クウォンの棲処は床の上に敷いた寝袋に昇格する。そして、ショーンの紹介でトラックボーイズと出会ったことが一気に成功を手繰り寄せた。彼のデモは巡り巡ってLA・リードの耳に留まり、彼をジャーメイン・デュプリ率いるソー・ソー・デフとの契約へと至らしめたのだ。が、彼はダ・ブラットやヤングブラッズ、ボーン・クラッシャーら錚々たるレーベルメイトたちをあえて起用しなかった。

「トラックボーイズと出会って、すでに彼らのプロデュースでアルバムの制作に入っていたんだ。ゲストも本当に親しい地元の奴らだけって決めてたんだよ。契約する前はアルバムの半分しか完成してなくて、サインした後にジャーメインからもコラボを勧められたけど、ファミリー以外とはやりたくなかった。最初のアルバムを自分たちで終わらせることが大切だったんだ」。

 そんなわけで、アルバム『Hood Hop』は、デュプリらアトランタ勢がわずかに助力したほかは全編がセントルイス・カラー。トラックボーイズのアイデア豊富なトラックとJ・クウォンのメロディアスでダルダルなラップが不思議なイキの良さを生んでいる。自身のクルー=ショウ・オフからもビッグBとエボニー・アイズを起用し、後進に道を拓くことも忘れていない。

「まずアーティストとしてヒップホップ・サイドとポップ・サイド、両方のクレディビリティー(信頼)を持つことが必要だと考えていたんだよ。『Hood Hop』はフッドに向けたポップ・ミュージックであり、ポップに向けたフッド・ミュージックなんだ」。

 冒頭にも書いたように、J・クウォンの音楽はド真ん中のヒップホップであり、衒いなくポップでもある。が、そこにあるのは旧態依然たる〈ポップス〉感ではなく、ポップ・チャート上をアウトキャストやリル・ジョンが跋扈する時代のそれである。

 デビュー・ヒットの恩恵で「スニーカーやジャージでクローゼットをいっぱいにしたよ!」と話しながら、「昔はラップで大金を稼ぐことなんて考えてなかったけど、いまはマネー・マニアックになりそうだ。本当にオレを動かしているのは決して金じゃないんだ」と心情を吐露するJ・クウォン。ついでに「オレのファンの80%が女の子なんだ。男もいっしょに聴いてほしいよ」という悩み(?)も。2004年最大の新人は、こんな17歳なのである。

PROFILE

J・クウォン
87年、セントルイスのマーフィー・ブライアー・プロジェクト出身。幼少時からラッパーを志し、12歳の時に家出。ストリートでハスラー生活を送りながらラップを始める。その後、ショウ・オフというクルーを結成。14歳の時に地元の興行主であるショーン・コードウェルに見出され、やがて彼の紹介で新進プロデュース・チーム=トラックボーイズとレコーディングを開始する。2003年にソー・ソー・デフと契約し、同年末にデビュー・シングル“Tipsy”をリリース。同曲は全米ポップ・チャートで最高3位をマーク(3月27日付)する大ヒットを記録中。その好調を受けて、ファースト・アルバム『Hood Hop』(So So Def/Arista/BMGファンハウス)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2004年05月13日 11:00

更新: 2004年05月13日 19:08

ソース: 『bounce』 253号(2004/4/25)

文/出嶌 孝次