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インタビュー

sigh boat


 たとえば「ピーナッツ・ブック」を読んでいたら、チャーリー・ブラウンやスヌーピーが吹き出しのなかに、〈Sigh...〉ともらす小さな溜息。どこか丸っこくて、ふわっと空気に消えていく、感情というより息づかいに近いもの。そんな言葉の響きを内に秘めた新バンド、sigh boatが静かに船出した。名付け親は詩人であり、二児の母でもある内田也哉子だ。

「〈Sigh〉って、英語で〈悲しみの溜息〉とか〈安らぎの呼吸〉っていう意味なんです。まず、その言葉の響きが好きなんですが、音楽的にも日々の呼吸みたいなものがイメージにあって。あとは無人の小舟が浮かんで、漂っているような……」(内田也哉子)。

 内田に加えて、鈴木正人(little creatures)、渡邊琢磨(COMBO PIANO)、この3人の個性が溶け合ったsigh boat。bounceの姉妹誌=intoxicateが企画するイヴェントにて内田と渡邊が出会ったことが、ことのはじまりだ。その後、内田がCOMBO PIANOのライヴに朗読などで参加するようになり、そこに鈴木が加わって、バンドの輪郭が見えはじめた。

「也哉子ちゃんの声にキャラクターがよく出てるんで、最初はそこに集中して考えたんです。それで、いろいろ音を作ってみるんだけど〈私はそんな性格じゃない〉って、ダメ出しが出たりして。そうしたやりとりのなかで、彼女のやりたいことが見えてきた」(渡邊琢磨)。

 内田が全体のイメージを作り、渡邊と鈴木がそれぞれに曲を書く。そして、その曲に内田が詞を乗せる。そうした文通にも似たやりとりのなかで、デビュー・アルバム『sigh boat』が完成。まず、なんといっても注目すべきは、内田也哉子という〈シンガー〉の誕生だろう。その声の持つ魅力については、こんな〈内田像〉を参考にすべきかもしれない。

「僕が音楽を作るにあたってイメージしていたのは表面的には穏やかというか、そんなに振幅しないけども、いつも水面下の感情が激しい女性」(鈴木正人)。

「これまで音楽教育を受けたこともなければ、カラオケで歌ったこともない」という内田の歌声は、静かな情念を抱えながら、あやすようでもあり、不思議な滑らかさもある。その歌を支えるサウンドは、ボサノヴァからダブ、クラシックまでさまざまなエッセンスをブレンドしつつ、高純度に蒸留したようなシンプルさが心地良い。なかでも、ブライアン・イーノ“By The River”のカヴァーはバンドの雰囲気にぴったり。

「唯一、3人いっしょにやれた曲なんです。3回くらい〈せ~の〉でやったんですが、最初のテイクが採用されたみたいで」(内田)。

「最初にこのプロジェクトをスタートしたときに、ヒントになればといろいろ音を持ち寄ったなかにあった曲です。sigh boatの2作目を出すとしたら、イーノがスタジオで実験的なことをやりつつ、それをエディットして作った音像──そんなイメージのサウンドをアコースティック一発で出すのも、おもしろいかなって思うんですよ」(渡邊)。

 かつてイーノは〈科学はミステリーを超えるミステリーを実証してくれるところが素晴らしい。それゆえに黒魔術より科学を支持する〉と語ったことがある。彼らのサウンドも科学的ともいえる明晰さを持ちながら、どこかミステリアスな余韻を感じさせる。それこそが、3人の個性が巻き起こす〈ケミストリー〉というべきものだろう。

「私はあんまり音楽には詳しくないんですが、3人なりの音が変化していく部分と常に揺るぎなく残る部分と、両方を見ていけたらって。(バンドに対しては)そんな長い時間を想像するんです」(内田)。

 目的地よりも、その過程を楽しむことで見えてくる旅もある。いま動き出したばかりの小舟は、ゆらゆらと漂いながら気ままな夢でも見ているようだ。

PROFILE

sigh boat
エッセイや絵本の翻訳を中心とした執筆活動のほか、ポエトリー・リーディング・ライヴなどにも積極的に参加している内田也哉子(ヴォーカル)、海外からも高い注目を集めるCOMBO PIANOの渡邊琢磨(ピアノ)、little creaturesのメンバーとして、またUAやハナレグミほか数多くのアーティストを手掛けるプロデューサーとしても活躍する鈴木正人(ベース)からなる3人組バンド。以前からCOMBO PIANOのライヴへのゲスト参加などでメンバーの交流は続いていたが、2004年12月にLIQUIDROOM ebisuで行われたイヴェント〈Koolhaus of Jazz〉でsigh boatとしての初ステージを披露。このたび、ファースト・アルバム『sigh boat』(SYCAMORE/イーストワークス)がリリースされたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2005年04月07日 12:00

更新: 2005年04月07日 19:57

ソース: 『bounce』 263号(2005/3/25)

文/村尾 泰郎