インタビュー

SONYA KITCHELL


 一人の少女が音楽と出会う。それは祖父から譲り受けたピアノがきっかけだった。香港で買い求められ、遙か遠くのアメリカは西マサチューセッツの農園に辿り着いたピアノ。それが16歳のシンガー・ソングライター、ソーニャ・キッチェルの物語の始まりだ。

「赤っぽい木目の綺麗なピアノだった。どこかミステリアスなところがあって、鍵盤に触れると祖父といっしょにいるような気がするの、実際に会ったことはないのにね。いつかこのピアノで美しい音楽を作れたらって思ったわ」。

 7歳の頃からヴォーカル・レッスンを受けるようになり、早くも12歳で作曲の勉強を始めたソーニャは、ビリー・ホリデイやジョニ・ミッチェルを聴き、ルーツ・ミュージックに目覚めていく(「でも告白すると、ちょっとだけスパイス・ガールズのファンだった時期もあるわ(笑)」)。その才能に目を留めたのがソウライヴを擁するレーベル、ヴェロアであり、完成したファースト・アルバムが『Words Came Back To Me』だ。本作で気負いのかけらもなくナチュラルに紡がれていく歌には、彼女のシンガーとしてのピュアな歓びが詰まっている。そして、〈ポスト・ノラ・ジョーンズ〉の呼び声にも素直に頷ける、温かなフィーリング。

「アルバムを作ること自体は、それほど大きなステップだとは思わなかったな。ただ、これまで書きためた曲をレコーディングできることが嬉しかったの。問題があるとしたら、曲がありすぎて一枚のアルバムに入りきらないってことかも。でも自分の書いた曲が、いままでできなかったような形で完成するのを見るときがいちばん楽しい瞬間だったわ」。

 ゲストに迎えられたエリック・クラズノー(ソウライヴ)とのコラボレーションも、そんな胸躍るひとときだったようだ。

「エリックは“Can't Get You Out Of My Mind”に参加してくれたの。曲のミックスが仕上がるのを待ちながら、ふたりでいっしょに曲を書いたりしたわ。彼からはいろんなギター・ラインを教えてもらったりもして、とても素晴らしい体験だった」。

 こうした数々のケミストリーに支えられて、ふくよかに色づくソーニャの歌声。それは驚くほどメロウで、繊細なタッチを持っている。「音楽の素晴らしいところは、遊び心を持つほど、心から感じるほど、よりいっそう楽しくなるってことじゃないかな」、そう微笑んでみせる彼女は収録曲“Simple Melody”について、こんなふうに説明してくれた。

「ある冬の日に森の散歩から帰ってきたときに書いた曲なの。木々の間からこぼれた陽の光があたり一面を照らし出していて、枝に積もった雪の清らかさに本当に感動したわ。だから大急ぎで家に帰って、それを曲にしたの。その美しさをどうにかしてほかの誰かに伝えたかったから。本当はみんなを連れてきて私が見た光景を見せてあげたいくらいだったけれど、それが無理ならこの曲でその風景を伝えたいって思って」。 

 そんなシンプルな感動から生まれた彼女の歌を聴けば、16歳という若さに驚きながらも、やがて歌われるであろう未来の歌に思いを馳せずにはいられない。きっと数々の経験が彼女の歌を磨いていく。そして、そんななかで本作は、彼女の原点として輝き続けるのだ。

「私にとって曲を書くということは、その瞬間と感情を描き出すことなの。時を経ても決して忘れないように、そして、いつか誰かがそれを聴いてその人自身の過去を思い出せるように」。

PROFILE

ソーニャ・キッチェル
89年、マサチューセッツ生まれのシンガー・ソングライター。ポスター画家の父とグラフィック・デザイナーの母を両親に持ち、幼い頃からジャズ・シンガーのシーラ・ジョーダン、レベッカ・パリスなどのレッスンを受けて育つ。99年にカリフォルニアで行われたスペシャルオリンピックスで初ステージに立ち、2003年には“Romance”がダウンビート・スチューデント・ミュージック・アワーズで〈ジャズ・ヴォーカル〉〈ベスト・オリジナル・ソング〉部門を受賞。翌年に先行EP“Cold Day”を発表。自身のバンドを率いてタジ・マハールなど大物たちと共演したステージも話題に。このたび、ファースト・アルバム『Words Came Back To Me』(Velour/Pヴァイン)がリリースされたばかり。

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掲載: 2005年08月11日 12:00

更新: 2005年08月11日 20:23

ソース: 『bounce』 267号(2005/7/25)

文/村尾 泰郎