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インタビュー

MOTHER AND THE ADDICTS


 このアーティスト写真を見て一瞬引いたあなたの感性は、極めて健全である。どう見ても、(悪い意味で)ちょっとヤバイ感じがする。しかし、この前衛的なヴィジュアルを差し引いてもなお、あなたはこのマザー・アンド・ジ・アディクツのファースト・アルバム『Take The Lovers Home Tonight』を聴くべきである。ガレージやニューウェイヴやパブ・ロックを基盤に、ダーティーでエロくてシャープで、そしてなにより美しい奇跡的なニュー・サウンド誕生の瞬間に立ち会えるのだから。

「このアルバムを作り始めた時、多くのロック・アルバムにあるような均一化されたものではなく、もっと変わったものを作ろうと決めていた。君が言ってくれたようなジャンルの音楽は好きだけど、スタイルとかジャンルは問題じゃないんだ」。

 そう語るのはバンドの中心人物であるサム・スミス(以下同)。彼は自身を〈マザー〉と名乗る。普段はサム・スミスとして生活しているが、ひとたびステージに上がると〈マザー〉へと豹変するのだという。まるで〈ジキル博士とハイド氏〉である。しかし、彼はいたってマジであり、そのサウンドの尋常じゃない完成度の高さがマジっぷりを物語っている。そして彼はサム・スミスがマザーへと豹変したきっかけを遠い目をして語り始めた。

「それは火曜日の朝で、僕はかなりオチていた。仕事をクビになったうえに、なんで解雇されたのかっていうことも思い出せなかったんだよ。そんな精神状態で、僕は小さなスタジオでデモを作っていた。それがマザーだったんだ。そしてマザーが現れたあと〈誰がもっともマザーといっしょにいたいか?〉と考えた。そして、それはきっとヤク中に違いないという結論に達した(笑)。それが〈アディクツ〉だね」。

 そしてマザーは、古くからの知り合いや「週末に行ったパーティーで酔っぱらって床に転がっていた奴」で構成される〈アディクツ〉というバンドを手に入れて、グラスゴーの超優良レーベル=ケミカル・アンダーグラウンドより、レーベル史上もっともエキセントリックなバンドとしてデビューを果たす。ロキシー・ミュージックの妖艶さとドクター・フィールグッドの無骨なカッティング・ギター、さらにエレクトロなビートを混ぜ合わせて、「ラヴ、さらにラヴ、失恋、失恋から立ち直ろうとすること、その不条理さ」を歌うという、世にも珍しい異形の獣を作り上げた。それはマザーの古くからの知り合いでもあるフランツ・フェルディナンドらによって沸き上がるUKシーンのなかでも異質な存在である。

「マザーはファニーな奴で二面性がある。穏やかな夕方に日が沈むのを眺めるのが好きなのに、一方でアディクツと取っ組み合っている。マザーは僕の躁の側であり、僕もマザーをもっと放出させたいと思っている。でも完全にマザーに変わるにはお金がいるんだよ、きっと(笑)。そうなるにはもっといい服やジェット機だって必要だね」。

 と、自身(?)を客観的に評するマザー。彼の言動を程度の低い演出やただの世迷い言と決めつけるのは早計である。それはこの『Take The Lovers Home Tonight』という名の狂気に満ちたメロドラマを手にしてからでも遅くはないはずだ。

「マザーは不思議な存在じゃないよ。サム・スミスも現実で、マザーも現実……いや、もっとも現実にあるものなんだ」。

 そう、これは現実である。マザー・アンド・ジ・アディクツとの出会い――それはあなたがこれから手にするもっともリアルで素晴らしい体験となるに違いない。

PROFILE

マザー・アンド・ジ・アディクツ
マザーことサム・スミス(ヴォーカル)がひとりで作ったデモテープが、ケミカル・アンダーグラウンドの目に留まり、2003年12月に契約を結ぶ。2004年初頭にイアン・クローナン(ドラムス/パーカッション)、ピーター・ヴァレリー(ベース)、ダグラス・モーランド(ギター)、ケンダール・コップ(サンプラー)が加入して、現在の5人編成となる。地元グラスゴーのバーやクラブでフランツ・フェルディナンドらと共にライヴを重ねながら、2004年12月には限定7インチEP“Who Art You Girls”をリリース。さらなる注目を集めるなか、ファースト・アルバム『Take The Lovers Home Tonight』(Chemikal Underground/OCTAVE)が8月6日にリリースされる。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2005年08月18日 11:00

更新: 2005年08月18日 17:22

ソース: 『bounce』 267号(2005/7/25)

文/加賀 龍一