インタビュー

FLORENCIA RUIZ


 その聡明さと音楽を心から愛する姿勢はあえて言葉を聞くまでもなく、歌声やギターの音色ひとつひとつにはっきりと表れている。彼女の名前は、フロレンシア・ルイス……古き時代より芳醇な音楽に包まれている土地=ブエノスアイレスから届けられた、滋味深く官能的な歌声と、柔らかなギター・トーンで大きな宇宙を編み上げるシンガー・ソングライターだ。

「私は、いつも同じように歌ってきたの。心に感じたことを歌ってきただけ。でも、私はどちらかといえば内向的だし、口数も決して多いほうじゃない。ただ、それゆえに私の歌にはたくさんの痛みと孤独が存在していると思う。こうした悲しみは、はっきりとは目立たないかもしれないけれど、いつも存在しているのよ」。

 しかし彼女の歌声は、痛みや悲しさをそのまま吐露するようなものではない。感情を荒立てずに聴く者の横にそっと寄り添うようなもので、そのあまりに自然な立ち居振舞いは、あたかも夢であるかのような美しい幻想さえも導き出す。特に、CD-Rでリリースされた彼女の処女作『Centro』に、その佇まいは顕著に表れている。簡素すぎるほどの2コードのギター・バッキングに、迷いなき歌声が重なり合うタイトル曲。ギターを持った2日目には奏でられるようなシンプルな世界にもかかわらず、どこかで見たような、懐かしい風景を目の前に表出させてくれる。実は、稀代のブラジル人演奏家、エグベルト・ジスモンチに大きな影響を受け、I.U.N.A.(国立芸術大学)の修士課程で学ぶほどの卓越したギター・テクニックを持っている彼女。しかし自身のアルバムではそれをひた隠すかのように、〈歌の帯同者〉としてのギターに専心している。

「私の作品はギターから始まり、ギターから生まれてくる。一見シンプルだけど、その背景には深さがあるんじゃないかと思うの。私にとって、そんな必要性がすべての原動力。それにギターは、私の人生にとても自然な形で関わっているのよ。ギターを弾く時、それはまさにギタ-と抱擁するようなもの。温かく、柔らかく……ギターと私は、何よりも親密な関係なの」。

 しかしその音楽は、ギターと歌だけで成立しているわけではない。アルバムには、逆回転をはじめとした大胆なエフェクトはもとより、突然カットアップされる幽玄なストリングス・アレンジやピアノ、巧みに織り込まれた環境音など、次々にその風景を変えていく。

「あくまでも私にとってだけれど、ピアノは〈強さ〉、そしてギタ-は〈弱さ〉を表す楽器。音楽家としてはいろいろなリズムとスタイルが好きだけど、作曲家としては自分の音楽を追求するだけね」。

 今回、2in1という形で日本盤がリリースされる『Centro』『Cuerpo』という2枚のアルバムに続く最新作がすでに完成しており、リリースを待っている状態だ。それらは合わせて3部作となっており、『Centro』が人間の内面を描いているのに対して、『Cuerpo』では、内面を抜け出して肉体性へと向かっていくといった内容。そして予定されている最新作『Correr』は、〈未来と行動〉をテーマに制作したと語る。それは、内向的なひとりの少女が、音楽と出会うことにより少しずつ外の世界と向き合い、成長してきた記録そのものと言えるだろう。

「CDを作る際に考えているのは、聴いてくれる人と音楽を分かち合うこと。私の音楽に耳や心を傾けてくれる人をいつも探しているのよ」。

 非常にパーソナルな作風でありながら、多くの人々の耳にスルリと入り込んでくるのは、彼女のそんな姿勢ゆえ、か。故郷であるブエノスアイレスの名が意味する〈綺麗な空気〉そのものの歌声をぜひ。

PROFILE

フロレンシア・ルイス
77年、ブエノスアイレス生まれのシンガー・ソングライター。音楽学校を卒業した後、現在はI.U.N.A.(国立芸術大学)の作曲修士課程でギターを学ぶかたわら、98年より幼稚園の先生も務めている。美術展や演劇のための音楽も多数手掛け、2002年に自主制作のCD-Rとしてファースト・アルバム『Centro』を、2003年5月にセカンド・アルバム『Cuerpo』をリリース。同年の12月にはフェルナンド・カブサッキ、フェルナンド・サマレアをゲストに招いてのリリース記念ライヴを行って話題となる。2005年にはエレクトロ・ユニット、ポルノイズの『Ilumina Al Mundo』にも参加。このたび、1、2作目をカップリングした日本編集盤となる『Cuerpo/Centro』(Pヴァイン)がリリースされたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2005年09月15日 12:00

更新: 2005年09月22日 20:05

ソース: 『bounce』 268号(2005/8/25)

文/小田 晶房