インタビュー

Her Space Holiday

前作から一転。歌に重きを置いた新作はちょっぴりビターで、ままならない〈人生〉のよう……


 ヒップホップとハーモニー・ポップを、ふんわりホイップさせる孤高のパティシエ、ハー・スペース・ホリデイことマーク・ビアンキ。甘い口あたりのなかにも、ビターな物語を忍び込ませた新作『The Past Presents The Future』が届けられた。マッシュに移籍して発表された前作『The Young Machines』では、まずビートを先に作ってメロディーを乗せていたが、本作は真逆のプロセスでレコーディングされた〈歌ありき〉の仕上がりだ。

「今回はメロディーと歌詞が、僕にとってはすごく重要だったんだ。だからまずはピアノかギターで曲を書いた。それから、そこにエレクトロニックな要素を散りばめるようにしたんだ」。

 もちろん本作でも、ホームメイドなグルーヴが楽曲にしなやかな骨格を与えている。

「ビート作りの大好きなところは、ドラム・サウンドが、まるで独特なメロディー楽器のようになるところさ。実際、ヒップホップは僕の音楽にもっとも影響を与えたもの。新作のレコーディング中には、ジェイ・Zの『The Black Album』を毎日聴いてたよ」。

 ビートとメロディーのスペースを埋めるエレクトロニクスとストリングスも、ますますまろやかに融合。綿菓子みたいにふわふわと、デイドリームなフィールを紡いでいく。でも、そこで語られるのは、マークのガールフレンドが彼の留守電に吹き込んだお別れの言葉をサンプリングしたという“A Small Setback To A Great Comeback”や、「僕の最後の曲だと思って書いたんだ。言うべきことは全部言っておこうとね」というタイトル曲など、ホロ苦くもシリアスなものも多い。でもそれは、なによりマークがアーティストとして誠実だからだろう。

「人生は良いことばかりじゃないし、常に清らかなわけじゃない。僕はただ、人生のそういった側面について語ることを恐れてないだけなんだ」。

 そんなわけで、ハー・スペース・ホリデイの新たな代表作は、美しく、センチメンタルで、ちょっと残酷。つまり「それが人生」だから、何度聴いても聴き飽きない。音の実験のなかに内なる心情をさらけ出すマークは、ブライアン・ウィルソンに連なる音響派詩人なのだ。
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掲載: 2005年09月22日 16:00

更新: 2005年10月06日 20:11

ソース: 『bounce』 268号(2005/8/25)

文/村尾 泰郎