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インタビュー

志人/玉兎

独特の言葉で〈日常〉の物語を紡ぐバックパッカーが、道すがらに届けた一通のラヴレター


 降神/Temple ATSの志人はこれまで、日々の生活から生まれる迷いをツバ吐く初期衝動に変えて表現してきた。現代の東京で拾い上げたさまざまなものに向けられるその表現は、暴力的な時代に、溢れる衝動を持って立ち向かう彼の孤独な叫びでもあったろう。しかし、志人/玉兎として発表するソロ・アルバム『Heaven's恋文』で彼はその初期衝動をひとまず置いた。「純粋に声やメロディーラインで意識を変容させるようなものにトライ」した〈銀世界「我は雪ん子、君は人の子、雪割り草は大地の子」〉と、「言葉でトランス状態に入っていけるようなこと」を試みた〈Reality Of Human Life 迷いのすがた〉の2章からなるアルバムで彼は〈愛とは?〉という、より根源的なテーマへと向かっている。それは〈世界に対するなんらかの反感〉から生まれ得たものでは当然なく、むしろ他人とコミットしていくことから生まれたものであり、表現された音楽もまた街に、そして世の人々にコミットしていくものに他ならない。「自分が考えを持った理由、優しくなれた人たちやふと頭に流れたメロディー」を集めた第一章に続く第二章ではそれがはっきりとした形をとっている。

「正しいと思う生き方をしてるのになんで苦しむんだろうとか、そこには必要な欲もあれば必要な悪もあって。そんななかを生きていくうえで必要な愛はどういうものかっていうのを、みんながもしかしたら経験したことのある風景で考えつつ、深くは考えないで聴けるようなアルバムにしようと思った。自分が明日死ぬっていうような時でも聴けるような音楽、拾える言葉を自分なりに考えたし、表現に限定があるかもしれないけど、これがいまの時代に対してのレベル・ミュージックかもしれないなっていう」。

「ひとつのキーワードから広がっていくフレーズを小説のように、途中からではその先のストーリーが読めないように」綴っていった曲にスキットを交えたそれは、さながら〈お話を集めたテープ〉。彼がそうしたフィクションに仮託するものは、自分を取り巻く世界へのある種の共感に近い感情といえるのかもしれない。

 「〈今日は仕事で疲れたよ。もう遊ぶ場所もないし、帰るか〉なんて言ってる時にいきなり降ってくる雪みたいに、その場の景色が変わるし気持ちが和らぐもの。突然訪れる癒しみたいな感じで。最後にはダメージを与えるんじゃなくて快楽を見せたい。幻覚だってわかっていながらもずっと夢に行っちゃってるみたいな、そこには傷つけるところもあるけれども、ホッと落ち着くようなところもあったりして」。

 さまざまな風景が一曲のなかに混在していたこれまでの志人の世界を、ひとつひとつの曲に紐解いていった感のある『Heaven's恋文』は、志人自身のなかで千々に絡まっていた表現をも解きほぐした。「いまなにが言えるのかすごい明確になってきてるんですよね」――本作は、ひとつの曲に集約していたすべてを、それぞれでひとつの光を放つものへと変えていく志人の活動のスタートともいえるだろう。本作に続いて来年リリースとなる〈降神非行期〉名義のアルバム『Hungry Angry Young Man』もそうした光のひとつのはずだ。

▼関連盤を紹介。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2006年01月12日 18:00

更新: 2006年01月12日 20:55

ソース: 『bounce』 272号(2005/12/25)

文/一ノ木 裕之