Chris Brown (R&B)
「俺、実は日本のアニメの大ファンなんだ。〈ドラゴンボール〉とかさ。自分でも絵を描いたりするんだよ」。
無邪気に話すその素振りは、どこから見ても普通の高校生だ。だが、あの永遠に揺るがないようにも思えたカニエ・ウェストの“Gold Digger”を全米チャートの首位から引きずり下ろしたのは、間違いなくこの16歳の少年なのだ――男性R&Bシンガーとしてはモンテル・ジョーダン“This Is How We Do It”以来10年ぶりとなるデビュー・シングルのNo.1、“Run It!”を引っ提げて彗星の如く現れたクリス・ブラウンが、いよいよアルバム『Chris Brown』でその全貌をあきらかにする。
「16歳の自分が好きなことをして評価されるっていうのは、本当に恵まれてると思う。こうした状況がずっと続いてくれればいいと思うし、いま他のことをしたいとはまったく思ってないね」。
若くして大きな成功を手中にした現状を謙虚に受け止めながらも、その節々に熱い野望をちらつかせるクリス。みずからの運命を変えた“Run It!”との出会いについて、彼はまるで昨日のことのように興奮気味に話す。
「最初に“Run It!”のトラックを聴いた時はホントにビックリして、〈ワオ!〉って素直に驚いた。すげぇクレイジーなビートだなって。スコット・ストーチが俺に〈このビートどうだ?〉って訊いてきたんだ。絶対にこのトラックが欲しいと思ったね」。
マリオの“Let Me Love You”、50セントの“Candy Shop”に続き、スコット・ストーチに今年3曲目の全米No.1をもたらした“Run It!”。この曲が支持された要因としては、一連の〈cRunk&B〉の流れを汲んだサウンド・プロダクションも挙げられるだろうが、曲を特別なレヴェルにまで高めているのはもちろんクリスのエキサイティングなヴォーカル・パフォーマンスだ。
「“Run It!”では、女の子に対して俺のガールフレンドになるには何が必要かってことを歌ってる。〈君の持ってるすべてを見せてほしい〉ってね。俺も自分のすべてを見せるから、それでいっしょに〈Run〉しようぜ、ってことなんだ」。
たった1曲をもって全米のメディアから〈Next Michael Jackson〉という栄誉あるキャッチフレーズを与えられたクリスだが、実際にアルバム『Chris Brown』は彼の洋々たる未来を確信させる内容だ。プロデュースを務めるのは先述のスコット・ストーチ以下、アンダードッグズ、ドレ&ヴィダル、クール&ドレー、ブライアン・マイケル・コックスなど。ほとんどゲスト・アーティストを招いていない構成からは、彼の自信のほども窺えるだろう。
「とにかく〈クリス・ブラウン〉というアーティストを知ってもらえるアルバムにしたいと思った。各曲では普通の16歳としての経験と、それに付随して同じような世代にも共感してもらえるようなことを題材にしている。16歳でも音楽を通じて人々の心に触れられるって証明したかったんだ」。
アップの良さもさることながら、ブルー・マジックのスウィート・ソウル・クラシック“Sideshow”を引用した“Young Love”など、ミディアム~スロウでの誠実な表現も光る、実に端正なR&Bアルバムだ。この素晴らしい成果は、若さに似合わぬバックグラウンドを持つクリスの〈ヴォーカリスト論〉に基づくものでもあるのだろう。
「自分のスタイルはサム・クックやダニー・ハサウェイの影響を受けてると思う。当時はいまみたいにいろいろな機材があったわけでもないし、彼らはインストゥルメンタルの上でただ歌っていただけだろ? 俺もそうやって歌だけで人を魅了できるようなシンガーになりたい。スタジオで歌って後で修正して……っていうんじゃなくて、ヴォーカル力だけで勝負できるようになりたいんだ」。
クリス・ブラウンを単なるアイドル・シンガーとして認識しているようであれば、それは直ちに改めたほうがいいかもしれない。何とも頼もしい、大型新人の登場だ。
PROFILE
クリス・ブラウン
89年、ヴァージニア州タッパハノックの出身。幼い頃からヒップホップに親しみ、友人たちとフリースタイルに興じる一方で、マイケル・ジャクソンやアッシャーに憧れて歌も歌っていた。母親の薦めもあって本格的にシンガーを志すようになり、14歳になるとプロダクション・チームを結成してNYに移り住む。2005年に入ってジャイヴと契約し、スコット・ストーチのプロデュースによるシングル“Run It”で7月にデビューを果たす。ロング・ヒットを記録した同曲は11月末の全米チャートで首位を獲得。サントラ『In The Mix』への参加を経て、このたびファースト・アルバム『Chris Brown』(Jive/BMG JAPAN)をリリースしたばかり。2006年1月25日にはその日本盤がリリースされる予定。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2006年02月16日 20:00
更新: 2006年03月02日 19:44
ソース: 『bounce』 272号(2005/12/25)
文/高橋 芳朗