Vybz Kartel
「何かをしようとするんじゃなくて、まずはやってしまうんだ。ありのままの自分を表現していきたいね」。
今後の目標について、こう答えてくれたヴァイブス・カーテル。挑戦を恐れない積極的な姿勢と自分らしさを貫く芯の強さが、彼をダンスホール・レゲエの新しいヒーローへと押し上げてきた。そしてミッシー・エリオットやリアーナのアルバムにゲスト参加するなど、国際的な舞台でブレイクする足掛かりを掴んだ彼の次なる一手が、このたび満を持してリリースされたニュー・アルバム『J.M.T.』だ。ストリートでのサグな日常を歌ったハードコアな曲から、男女の色恋沙汰をおもしろおかしく歌った曲、そして新境地とも言える社会問題に鋭く切り込んだ“Emergency”まで、彼のリリシストとしての才能を実感できる多彩な楽曲が収録されている。
「これは人々が苦しんでいる現実を訴えて、彼ら(政治家たち)にやるべきことを教えるために作った曲なんだ。ゲットーの人々はひどい状態、最悪の環境で生きている。実際に起こってることを、音楽を通じて表現する権利は誰にだってあるだろ? とくに教育については、真剣に考える必要があると思うよ。ジャマイカでは、人口の半分以上が25歳以下の若い世代で占められてる。なぜなら犯罪に巻き込まれて、若くして死んでいく人が多いからなんだ」。
アメリカのTV番組がジャマイカで放送されるようになってから、アサシンやウェイン・マーシャルのようにヒップホップのフレイヴァーを違和感なく採り入れるアーティストが次々と登場してきた。そんな新世代アーティストの筆頭でもあるヴァイブス・カーテルは、今作の中でキャシディの“I'm A Hustla”に着想を得た“Smuggler”を披露。また、“Vybsy Versa Love”ではバーリントン・リーヴィの往年のヒット曲をカニエ・ウェストばりに早回ししている。ダンスホール・レゲエの伝統を継承しつつ、フレッシュなアイデアを採り入れることに躊躇しない彼の持ち味が遺憾なく発揮されているのだ。
「俺はいつでもヒップホップから影響を受けてるよ。ヒップホップとダンスホール・レゲエは従兄弟同士みたいなもんだし、お互いに影響し合ってると思うんだ」。
ここ数年、そんな彼の溢れんばかりの才能と抜群のリズム感を引き出しているのが、〈Drop Leaf〉などの名リディムを生み出した新世代プロデューサーのドノヴァン“ヴェンデッタ”ベネット。キャッチーなフックが日本のフロアを賑わせた“I Neva”をはじめ、今作にも彼のプロデュースによる楽曲は多い。力を合わせてダンスホール・レゲエの新時代を切り拓き、数々のヒット曲を生み出してきただけにその信頼関係は格別なようだ。
「彼とは直感的にわかり合えたし、持っているヴィジョンがいっしょだから作業しやすかったよ。彼は俺のサウンドの制作部門であり、ダンスホール・レゲエの未来でもある」。
小学生の頃から、地元コミュニティーで行われたライヴなどでマイクを握ってきたカーテル。彼の音楽的ルーツや発する言葉の立脚点はいまもなおジャマイカのストリートにあり、そのことを見失わない限り彼の爆進が止まることはなさそうだ。
「デビュー前にめざしてた音楽と、いまやってる音楽に違いはないよ。10歳の時から、ダンスホールの世界で成功できると確信していた。ストリート・ライフをリリックに採り入れることは、若い頃からやっていたことなんだ。チャーリー・チャップリン(80年代に活躍したレゲエDJ)なんかの音楽を聴いて育ったのが、ヴァイブス・カーテルっていうアーティストさ」。
PROFILE
ヴァイブス・カーテル
本名アディジャ・パーマー。78年生まれ、キングストン出身のレゲエDJ。12歳の時に、アディ・バントン名義でデビュー・シングル“Adi Love Fat Woman”をワン・ハートからリリース。96年に地元の仲間とヴァイブス・カーテル(Vibes Cartel)を結成。クルー解散後、現在の〈Vybz Kartel〉名義で本格的にソロ活動を開始する。ほどなくしてバウンティ・キラーに見初められ、“High Grade Forever”“Gal Clown”といったシングルを次々に発表。2003年にファースト・アルバム『Up 2 Di Time』をリリース。その後、ミッシー・エリオットやリアーナなどとの共演を経て話題を集めるなか、このたびニュー・アルバム『J.M.T.』(Greensleeves)をリリースしたばかり。