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インタビュー

Van Hunt


 父親が知らない女たちをいつも家に連れ込んでいて、隣の部屋から漏れてくる声や物音を耳にしながら育った・・そんな触れ込みを演出の一環として捉えることも可能だが、ヴァン・ハントの音楽には、それをもっともらしい逸話として納得させるだけの妖しい退廃美が揺らめいている。「時には画家、時にはヒモ」だったという父親から感性を受け継いだ彼は、音楽好きな母親からは多大なる理解を得て育った。自身のめざす音楽について、彼は子供時代の思い出を挙げながらこう説明する。

「ある日、音楽が聴こえてきた。プリンスの“When Doves Cry”かリック・ジェイムスの“Mary Jane”だったと思う。それが気に入って新しい世界が開けたんだ。俺はその時に感じたエキサイトメントをレコードにしたい。俺のなかにいる子供時代の俺のために音楽を作っているんだ。自分の頭のなかにあるサウンドに近付けたくて、たいていは的を射ることができずに終わってしまうんだけど、トライしていること自体が楽しくて仕方ないね」。

 彼の故郷であるデイトン、そして同地を含むオハイオ州は、アイズレー・ブラザーズ、ブーツィー・コリンズ、オハイオ・プレイヤーズ、ザップらを生んだ肥沃なファンク産地だ。それらのアーティストが備えていたグルーヴの澱みや濁りは、プリンスやレニー・クラヴィッツを経由して、このヴァン・ハントにも確実に継承されているに相違ない。その濁りを最初に注ぎ込まれたのがグラミー賞にもノミネートされたデビュー・アルバム『Van Hunt』であり、そこでの成功はこのたび登場したセカンド・アルバム『On The Jungle Floor』をさらなる自信で満たしている。

「みんなが思う以上にニュー・アルバムは前作とは違うんだよ。今回は前より上手くなって確信を持てたから、いろいろ思いきったことができた。ソウル、ロック、ジャズなんかが混じった方向性は前作と同じだけど、18か月もツアーを続けたエナジーがそのまま反映されているんだ。息の合ったバンドもレコーディングに加わってるしね。表題に入れた〈Jungle Floor〉ってのは70年代後期~80年代初期のNYのことさ。クラブ、ダンス、セックス、ロマンス……その時代の都会に漂う匂いや汗のイメージなんだ」。

 そんなムードをレコーディング作業に落とし込むべく、ハントは大御所のビル・ボトレルを共同プロデューサーに起用しているのだが、ソングライトやアレンジ、ヴォーカル、楽器の演奏に至るまで、ほとんどのパートを独力で手掛けるという完全主義者ぶりは相変わらず。衒いなくネオ・ソウルと呼べる繊細なミディアムから、エッジーなギターがいかがわしいガレージ・ロック、濃密なソウル・バラード、スライ・ストーンが取り憑いたようなストゥージズ“No Sense Of Crime”のカヴァーまで、どれもがハントらしい美意識で鮮やかに彩色された楽曲ばかり。同じ血の色をしていそうなニッカ・コスタとの情熱的なデュエット“Mean Sleep”も素晴らしい仕上がりだ。なかには先人への敬意がストレートに出すぎた曲もあるものの、そんな無邪気さすらポジティヴに受け止めさせるだけのクォリティーが確実に存在することは、誰しも認めざるを得ないはずだ。

「いまのメインストリームのサウンドとはまったく違うだろ? でも、俺の願いは昔からずっと変わってない。みんなに〈コイツはチャレンジしてるな〉って思ってほしいんだ。俺はいつまでも堂々と、〈俺の人生は、俺が信じるアートと才能を追求していくことだ〉って言い続けていきたいと思っているよ」。

 この力強い言葉は、彼がこの先も信念を貫きながら活動を続け、極上の作品を何度も届けてくれるという約束でもある。『On The Jungle Floor』を聴く限りだと、ヴァン・ハントは約束を守る男だ。

PROFILE

ヴァン・ハント
オハイオ州デイトン出身のシンガー・ソングライター。幼い頃からブルースやジャズ、ファンクに親しみ、楽器演奏やソングライティングに習熟していく。大学在学中にソングライター/プロデューサーとしての活動を開始し、ディオンヌ・ファリスやクリー・サマー、ジョイらの楽曲に参加。なかでもラサーン・パターソンの『Love In Stereo』(99年)収録の数曲でプロデュースを手掛けたことが高い評価を集める。2003年にキャピトルとアーティスト契約を果たし、2004年にデビュー・アルバム『Van Hunt』をリリース。シングル“Dust”のヒットや精力的なライヴ活動を経て、このたび2年ぶりとなるセカンド・アルバム『On The Jungle Floor』(Capitol/東芝EMI)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2006年05月04日 18:00

更新: 2006年05月04日 19:05

ソース: 『bounce』 275号(2006/4/25)

文/出嶌 孝次