Matisyahu
レゲエという音楽が大きくクローズアップされるようになってからずいぶんと時間が経つ。あなたのお母さんやおじいさんの多くは、まだレゲエとヒップホップの違いをよくわかっていないかもしれない。そこに登場したのがマティスヤフだ。彼は26歳のユダヤ人であり、彼の信仰を前面に押し出して、ユダヤ人であることをはっきりと打ち出しているアーティストだ(ユダヤ人はキリスト教徒ではありません。通常ユダヤ教徒です、念のため)。だから、彼のイメージは通常のレゲエとはかけ離れているかもしれない。しかしそのメッセージというところで、彼は真実を音楽として伝えていくし、その真実性により、彼の音楽は残っていくという。実際に彼のファースト・アルバム『Youth』を聴いてみると、そのメッセージ自体よりもメッセージを支えている音楽の素晴らしさにまず耳が動くだろう。
「時代や音楽のジャンルを超越した普遍的なメッセージを持つようなものなら、世代が変わってもずっと共感を呼び続けるものだからね。メッセージというか真実を述べているような音楽なら、文化や時代、場所を限定せずに伝え継がれていくものなんだと思う。例えばユダヤ人は何千年に渡ってトーラー(Torah:ユダヤ教典)を学び続けてきた。たとえ彼らがイスラエルやアメリカ、ロシアや日本にいたとしても、トーラーに書かれている内容や使われている言語は数千年前のものと寸分も変わらない。それが真実であるからだよ。ボブ・マーリーもそれといっしょさ。当時の音楽に現代の人が変わらずに共感し続けているということなんだ」。
しかし、メッセージを疎む人もいるだろう。〈音楽はただ楽しければいいのだ〉という人もいるはずだ。
「音楽と結びつけられるメッセージや政治が、必ずしも不純なものだとは思わない。その内容にもよるけれどね。メッセージと音楽が互いに矛盾するものだとも思わない、ただ自分の意見を人に聞かせるだけのために音楽を利用するのでなければ。それは音楽に対する敬意ではないと思う。僕は音楽にはすでに魂が宿っているものだと思うから、それを冒涜するようなことはしないつもりでいるよ」。
なぜ彼はレゲエを選んだのだろうか? それともレゲエが彼を選んだのだろうか?
「いまは一言にレゲエと言ってもそれが指す音楽が多岐に渡っているから、ここで特定するなら〈クラシックなレゲエ〉と呼ぶべきかもしれないけれど、古いレゲエにはスピリチュアリティーを大事にする伝統があったと思う。だからそういうタイプのレゲエを好んで聴く人には、精神的なものに興味を持ったりするような嗜好があると言えるのかもしれない。先に言ったことに戻ってしまうかもしれないけれど、レゲエが広く愛聴されている理由はその普遍性にあるんだと思う。どこの国や文化にも通用する真実を扱っているし、音楽そのものにしてもミニマリスティックというか、余計なものを削いだシンプルで慎ましいスタイルだし。空間にありとあらゆる音を詰め込んだような音楽よりも、リラックスして瞑想を誘うような音楽なんだ。そのシンプリシティーもさまざまな文化を超えて聴かれている理由のひとつだと思う」。
マティスヤフは混乱した現代に支持されるベくして現れたアーティストだ。核とインターネット、スーサイド・ボンバーとウォー・オン・テラーの時代……僕たちの時代。
PROFILE
マティスヤフ
80年生まれ、ペンシルヴァニア州出身。ブルックリンを拠点に活動するレゲエ・シンガー。両親の影響でフィッシュやグレイトフル・デッドを聴いて育つ。その後、ボブ・マーリーやメッセージ性の強いヒップホップなどと出会って信仰心が芽生え、96年にイスラエルで本格的なユダヤ教の洗礼を受ける。2005年にエピックと契約。同年夏から秋にかけてトレイ・アナスタシオと共に全米ツアーを敢行する。そのツアー中にリリースされたライヴ・アルバム『Live At Stubb's』でデビュー。2006年3月に発表したファースト・アルバム『Youth』(Epic/ソニー)が、全米チャートで4位を記録する大ヒットとなる。このたびその日本盤が5月31日にリリースされる。