GYPTIAN
ジプシャンは天使の歌声を持つ。“Serious Time”がジャマイカ全島を包み込むように大ブレイクしたのは、リリックの真摯さもさることながら、それを歌う無名のラスタファリアン・シンガーの一点の曇りもない超美声にみんなが驚き、心酔したからだ。昨夏、ジャマイカのステージで初めて本人を観た。両手で握ったマイクに身体を預けるようにして、一心に歌っていた。歌声は本物。その後、“Mama”もヒットしたが、業界内では〈歌はいいけど、本人が地味すぎ〉とか、〈垢抜けてない〉とか意地悪な意見が多かった。いいじゃん、セント・アンドリュー出身なんだから、カントリーっぽくたって。いいじゃん、スター性がなくても歌唱力があれば。だってこの人は正真正銘、本物のシンガーだよ。
ファースト・アルバムのタイトルは『My Name Is Gyptian』とストレート。「大急ぎで作った」と本人が言うわりには、スタジオ・ワンの懐かしいメロディーを上手に採り入れて、伸びやかな歌声が隅々まで拡がる傑作だ。名前の由来は「前はシャツをいつも頭に巻いていたから」と、天才天然児は笑って説明し、「でも、エジプト人はすべての黒人の祖だし」と大マジメに付け加えた。
「父がラスタで母がクリスチャンだから、そのへんのバランス感覚は小さい頃からあった」と彼。プロのシンガーをめざしたきっかけを尋ねてみたら、「人生そのものが歌だから、俺が歌を選んだんじゃなくて歌が俺を選んだんだ」との答えが返ってきた。ポートモアのプロデューサー、ラヴィン・ウォングに身を寄せて最初に作った曲が“Serious Time”だそうだから、歌だけではなく、時代も彼を選んだのだろう。
「高校の頃から詞は書いていて、あの曲も99年から温めていたんだ。形になったのが一昨年で、犯罪率や高校の中退率、刑務所の収容人数が毎日のように増えている現実にピッタリ合ったんだと思う」。
新作には、女子高生に追っかけられて〈学校に行きなさい〉と諭す“School Girl”もある。
「ジャマイカでは若い女の子をチヤホヤする風潮があるけど、彼女たちは身体が大人でも中身は子供なんだから手を出しちゃいけないんだ」。
一方で、シンディ・ローパーのクラシック“Time After Time”を彷彿とさせるメロディーが秀逸な“Beautiful Lady”などの極上ラヴソングも聴ける。そのあたりは〈バランス感覚〉の成せるワザ。そんな彼がシンガーとして絶対しないことは?
「ダンスホールのリディムで〈Jump Up!〉とか叫んだりはしないだろうね(笑)。ダンスもクラブも好きで行くんだよ。でも、俺はボブ・マーリーや(ピーター・)トッシュ、ジェイコブ・ミラー、アルトン・エリスとか、コンシャスで身体の真ん中を動かすような音楽を聴いて育ったから」。
声質から言って、ぜひジェイコブやアルトンの後継者として精進していただきたい。
夏前に、未熟児で生まれた双子の息子と親友を失うという不幸に見舞われた。もう、大丈夫?
「うん、何とか。すべてはバランスだから、過去を振り返るより未来を見据えるほうが良い時期もあるってことだ」と、自分を励ますように答えた。9月10日のリリース・パーティーは、1年半前にジェイ・Zがリアーナを紹介した時に使ったアップスケールな〈Canal Room〉で行われた。主役はドレッドを後ろに流して黒のスーツで登場。おっと、ニュー・ラスタだわ。ステージ捌きがどんどん上手くなって、スター性も出てきた。インタヴューの最後に、ズバリ〈ジプシャンってどんな人?〉と訊いた。
「誰とでも仲良くなれる普通の奴。揉め事が嫌いで、コンシャスネスとライチャスネスを音楽でもたらすのがジプシャンだ」。
そして、ジプシャンは天使の声を持つ。
PROFILE
ジプシャン
本名、ウィンデル・ベネト・エドワーズ。キングストン北部にあるセント・アンドリュー出身、83年生まれのラスタ系シンガー。クリスチャンの母とラスタの父を持ち、昼は教会の聖歌隊に加わる傍ら、夜は父のサウンドシステムでマイクを握るという幼少時代を送る。2004年にポートモアに移り住み、アイ・ウェインのデビューを手助けしたラヴィン・ウォングと出会う。ウォングの元で修行を重ねて、2005年にシングル“Serious Time”でブレイク。2006年に入ると“Mama”や“Beng Beng”“Stop The Fussing And Fighting”など、次々とシングル・ヒットを飛ばすようになる。このたびファースト・アルバム『My Name Is Gyptian』(VP)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2006年10月05日 21:00
更新: 2006年10月05日 21:24
ソース: 『bounce』 280号(2006/9/25)
文/池城 美菜子