インタビュー

LUPE FIASCO


〈俺みたいなラッパーがもうひとり欲しいか? だったらここにいるぜ!〉――この手の推薦コメントなんて大抵は言葉どおりに受け止めるべきもんじゃないが、そう評するのがジェイ・Zなのだから話は別だ。いまや天下のデフ・ジャム社長が、自社アーティストでもないのに手放しで絶賛するほど惚れ込んでしまった期待のMCこそ、このルーペ・フィアスコである。シカゴ生まれの25歳。同郷のカニエ・ウェストが自身の“Touch The Sky”に招いたことで世の耳目を集めた有望新人なのだが、似たような流れで登場してきたライムフェストと同じように、彼もまた下積み歴の長いラッパーだったりする。

 そもそもダ・パックなるグループでティーンの頃に一度はメジャー・デビューを果たしたもののすぐにドロップされ、LA・リード(現アイランド・デフ・ジャムのチェアマン)に見い出されてアリスタでソロ活動を開始したかと思ったら、リードの退社でアルバムはお蔵入り……と、思いのほかデコボコ道を経験してきた男である。それでも何度となく救いの神が現れるということは、彼のラップに特別な何かがあるということだろう。「アリスタとの契約が終わりそうだった時に、〈オマエのプロジェクトに正式に関わりたい〉って言ってくれた」というジェイ・Zにはロッカフェラへ誘われたこともあるそうだが、ルーペ自身は決して単なるラッキー・ボーイではなく、独自の活動で支持を得てきたことを強調する。そのひとつが3タイトルを発表したミックステープ・シリーズ〈Fahrenheit 115〉だ。

「〈華氏911〉をもじってつけたタイトルだよ。他の奴らとは違う、俺ならではのミックステープが作りたくて、ビートに乗せてフリースタイルするんじゃなくて、曲全体を作り直した。カニエの“Jesus Walks”を“Muhammad Walks”にしたりしてね。第3弾ではゴリラズの『Demon Days』をマッシュアップしたんだ。嬉しかったのは、カニエとゴリラズがミーティングをやった時に俺もいっしょに会えて、そこでミックステープをかけたら、〈凄くフレッシュだ〉ってメチャクチャ気に入ってくれたことだね。俺は確かに“Touch The Sky”で一般的に知られた存在だけど、俺がネットで話題になったり、いま履いてるスニーカーを買うことができたのも、ミックステープの成功のおかげなのさ」。

 そして、ソウルフルな“Kick, Push”というスマッシュ・ヒットも手に入れた彼が完成させた待望のアルバムこそ『Food & Liquor』だ。同作にはルーペいわく「保証人として」エグゼクティヴ・プロデューサーにジェイ・Zが名を連ねている。

「彼はラップ界のキングだから、彼に批判されると落ち込むよ。でも彼は率直に〈これはダメ。これは好き〉って意見をくれる。受け入れられるやり方に合った形でアーティスト性を発揮するべきだって感じでね」。

 そんな保証人の判断が正しかったのか、マイク・シノダ(リンキン・パーク/フォート・マイナー)やネプチューンズらが手掛けたキャッチーなトラック上には、Q・ティップを思わせる滑らかな語り口によって、ユニークかつコンシャスなリリックが運び込まれている。そして、そんなルーペならではの個性は、地元シカゴのコーナー・ストア(街角の店)の総称でもあるアルバムの表題からも察することができる。

「普通に説明すれば、〈Food & Liquor〉は俺にとって欠かせないシカゴ特有のものだってことさ。深い意味だと、酒を飲まないイスラム教徒の俺にとって、〈Liquor〉とは悪を象徴するものだ。一方で〈Food〉は善の象徴だ。生きるため、成長するために食べ物は必要だよね。だから善悪がバランスを取ってるという意味で、世界は〈Food & Liquor〉だってこと。俺も皆も、誰もが両方の側面を持っていて、両面のバランスを取って生きているのさ。深い意味ではそんなことを象徴しているんだよ」。

PROFILE

ルーペ・フィアスコ
81年生まれ、シカゴ出身のMC。ティーンの頃からヒップホップに親しみ、やがて自身もマイクを握るようになる。ダ・パックというユニットで地元を中心に活動し、2000年にシングル“Armpits”でメジャー・デビュー。グループ解散後にアリスタと契約し、2003年にシングル“Pop Pop”でソロ・デビューを果たす。翌年にはアトランティックへと移籍して、ミックステープの〈Fahrenheit 115〉シリーズを発表。2005年にカニエ・ウェストの“Touch The Sky”に客演して脚光を浴び、リーボックのモデルにも起用される。今年に入って、シングル“Kick, Push”“I Gotcha”を連続リリースし、10月4日にファースト・アルバム『Food & Liquor』(Atlantic/ワーナー)をリリースする予定。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2006年10月12日 00:00

更新: 2006年10月12日 23:56

ソース: 『bounce』 280号(2006/9/25)

文/出嶌 孝次