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インタビュー

SHINGO☆西成


  大阪は西成区に位置する、日本最大の労働者街とも言われる通称〈あいりん地区〉の一角。そこにある長屋で生まれ育ったラッパーがSHINGO☆西成だ。満たされぬ日々のなかでマイクを握って10年余り、その間に福祉の仕事でハンディキャップのある人々と触れ合うなどの経験もしてきた彼がしたためるラップは、身の丈をもって現実の悲喜劇をも呑み込む。

「俺はエンタテイナーであって現場テイナー」と彼が言う時、その〈現場〉とはヒップホップにおける〈ハレ〉の場たるステージやクラブのみに留まらない。それは日々のさまざまなシチュエーション――例えば恋愛などといった――にまつわる〈現場〉であり、彼が「良く言えば〈古き良き昭和が残る町〉、悪く言えば〈取り残された町〉」と話す西成や、その先に大きくある日本をも映す。そこにもはや〈ヒップホップ〉という注釈はいらないだろう。長いキャリアで初となる彼のフル・アルバム『Sprout』(表題は〈発芽〉の意味)は、虚勢を張らずとも芯を持った彼の人間性と、隣り合わせのユーモアによってそれが見事に表現されている。同時に、いま書いたのとはまったく逆に『Sprout』では、間違いなくヒップホップを聴いていると思わせる巧みなライミング、フロウが多彩な音楽性に溶かし込まれている。彼が胸に秘める〈いまに見とけよ〉の思いはここに、作品として発芽ならぬ実を結んだ。

「お金で人の心が動くのを見てきて、〈お金って怖いな〉って小さい頃から思ってて。でもそん時に〈あー、ウチの家はちゃうねや。いまに見とけよ〉って思う気持ちが昔だったらジェラシーとか苛立ちになったやろうけど、いま言う〈いまに見とけよ〉は、俺がクラブでしか歌ってない頃、作品も出してない時から応援してくれてる奴に〈応援してきてくれてホンマありがとう。俺ええ感じやろ。お前らが俺をええと言ってくれた考えは間違いやないで。しっかり俺が表現したる。見といてや〉っていうのも含めた意味やし。それプラス、俺を通り過ぎていった奴らにも同じセリフを言いたい。30過ぎるとどんどん辞めていく奴とかいるし、〈それで食っていく〉って言ってたのを趣味にして諦めてる奴らに、別に上からモノ見て言うわけやないけど、〈俺と同じ夢があったやんけ。俺は熱く語り合ったあん時の気持ちといっしょやで。お前もチャンスがあってもう一回自分に火を点けれるんやったら、やったらええやん。俺が先やるから〉っていう」。

〈めっちゃシンプルなことができへん世の中や/ただシンプルに、人として生きたいねん/逃げ道はない/人生に苦笑い〉(“SHINGO's Diner”)――表もあれば裏もある、そんな日々のあたりまえをラッパーとして、ひとりの人間として表現していく彼の姿は、アルバムをとおして人の心をぐっと掴む。「アルバムの曲でも歌ってるけど、人生は苦しいのが9で楽しいのが1」、穏やかな口調で彼はそこに続ける。

「その〈1〉を心地良い奴と、心地良い状態で、心地良い音で、心地良い声で、心地良い言葉で、心地良い空間で、心地良い時間として過ごせたら、むっちゃ良くないですか? 俺はそう思ってるし、そういう時間をもし忘れてんのやったら聴いてる人らにも再確認してもらいたい。いまの世の中、東京も大阪もすれ違う多くの人の顔が暗い。空を見上げることも忘れて、暑いとか寒いとかは感じるけど、それ以外なんも感じんって人も多いやろうから、そういう人にちょっと深呼吸したらええやん、って……! 俺の一曲一曲が、言うたらその人たちのコーヒーみたいな存在になったらええな」。

『Sprout』はSHINGO☆西成という人を映す鏡でもあれば、聴く者を自分へと向き合わせる鏡でもある。控えめに言っても、このアルバムを置いて他にいま聴くべき日本語ラップのアルバムはそうないよ。

PROFILE

SHINGO☆西成
大阪は西成出身のMC。96年からライヴ中心に活動を開始。2002年に420 FAMILYのコンピ『420(MUNCHEES TIME)』に“天使舞いおりる”“浪速のロッキー”などを提供して高い評価を得る。2005年にシングル“ゲットーの歌です(こんなんどうです?)”を12インチで自主リリース。2006年にはLibraと契約し、MSC『東京STREET LIFE』への参加を経て、ファースト・ミニ・アルバム『Welcome To Ghetto』を発表する。その後はLARGE PROPHITSやRomancrewらの作品に客演し、YOSHI(餓鬼レンジャー)らと組んだULTRA NANIWATIC MC'Sのアルバム『THE FIRST』でも注目を集めるなか、このたびファースト・フル・アルバム『Sprout』(Libra)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年05月02日 20:00

ソース: 『bounce』 286号(2007/4/25)

文/一ノ木 裕之