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インタビュー

紗希


 自分のなかの美しいものをそのまま美しく形にするのではなく、自分のなかに潜む闇に大きな強度を与える作業。果たして自分は何者で、どこに向かおうとしているのか――その問いかけを激しく繰り返してみる作業。心に渦巻く激しい情熱を黙々と自分につきつける作業。今年23歳を迎える紗希は、恐らくそんな内面の小さな作業を繰り返すことで、歌の中に大きなうねりをこめるタイプのシンガー・ソングライターだ。

「歌うこと自体は好きだったんです。でも、実際に自分の曲を自分で歌ってみて、〈とにかく楽しい〉って気持ちがあって。いまもそれの連続ですね」。

 楽しい、とは言っても、ただ快感にまかせて歌っているのではない。何より音楽が好きでやたらめったらCDを聴きまくるようなマニアックなリスナーでもなかったようだ。小さい頃からピアノを習い、自分で曲を作ることも中学の時に始めた。音大では作曲を専攻。音楽理論に基づいて、独学で身につけたソングライティングを見直したりもした。けれど、最終的に彼女の創作意欲に火を着けたのは、自分自身の身の回りに起こる出来事や、出会った人々との関係性に対する疑問や物足りなさ。あくまで彼女は自分の周囲の景色をひとつの尺度にして曲を作り、歌っているのだ。

「大学で作曲を学んでみて、〈最終的には技術や理屈じゃなくて感性なんだな〉って思いましたね(笑)。自分の置かれている環境とか周囲の人間関係とかに常に満足しない自分があれば曲が書ける、というか。常に成長はしてるんだろうけどゴールはなくて、自分が周囲にアンテナを張っていれば、必ず問題点や疑問点が勝手に見つかるんですよね。それによっていろんなことを知っていくし、いろんなことに疑問を感じていく。気持ちも豊かになれるし、曲を作った後は達成感もありますね」。

 虚構ではなく彼女自身の内面に刻まれた事実をそのまま音と言葉に還元していく紗希。だから、彼女の歌には目に見えないエネルギーが凝縮されている。エモーションをひとつの塊にしてエレガントなメロディーに込めるようなスタイルは、彼女自身が好きで聴いてきたというフィオナ・アップルを確かに思い出させるものだ。また、確かな歌唱力に支えられているので気付きにくいが、根っこにあるものは案外オルタナティヴでハードな棘。ファースト・アルバム『GREEN』には、その女性らしい見た目に反して、多くの言葉を機関銃のように投げかけてくるエッジーな曲も多い。

「実はポール・マッカートニーとか大好きなんですよ。大学時代にはドナルド・フェイゲンとかウェザー・リポートのような自分の好きなアーティストの曲をあえて模倣してみるようなこともやってました。でも、音楽だけから学んだのではなく、その人の音楽に向き合う姿勢のようなものが結局は自分にとって刺激的なんですよね。人間そのものに関心があるんですよ(笑)」。

 彼女はそうした人間考察的な視点から誕生した言葉やメロディーを、やや斜に構えたところから、はすっぱな歌い方で届けてくる。そのヴォーカリゼーションは決して丁寧ではないし、素っ気ないところも多い。まるで何かを発散しているかのようにラフで挑発的な瞬間も見られるほどだ。

「あえてぶっきらぼうに歌ったほうが伝わることもあると思うんですよ。美しくなりたくないというか、優しい曲でも深みがあるような歌い方ができればいいなと思いますね。まとまりすぎて聴き流されたくないんです。どこか〈えっ?〉って立ち止まるような部分があってほしいというか。私の歌詞って、濃厚でドロッとしたものが多いでしょう(笑)? これも普段はあまり見せない自分の潜在的なもの。アルバム・タイトルの『GREEN』にしても、自分のなかや、自分が住んでる東京に瑞々しい緑がないってことで、〈現状に満足してない〉って意味なんですよ」。

PROFILE

紗希
埼玉県出身、84年生まれのシンガー・ソングライター。ピアノ講師である母親から4歳の時よりピアノのレッスンを受ける。中学3年生の頃から作曲活動を開始し、高校2年生の時にエントリーした〈ソニー・ミュージック・オーディション〉では、約4万組の応募者の中からグランプリを獲得した。その後、音楽大学への進学と並行して作曲活動も本格的にスタートさせるが、ほどなくしてアーティストとしての活動に専念するため同大学を退学。そして2006年6月にシングル“恋物語”でデビューを果たす。今年に入り、2月のセカンド・シングル“愛という言葉”を経て、このたびファースト・アルバム『GREEN』(Palm Beach)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年05月17日 23:00

ソース: 『bounce』 286号(2007/4/25)

文/岡村 詩野