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インタビュー

コトリンゴ


  一度聴いたら忘れられないくらい個性的な、それこそ小鳥のさえずりのように可愛らしくてピュアでファニーで透き通ったウィスパー・ヴォイス。“こんにちは またあした”がブラウン管から流れてきたときのインパクトは相当なものだったが、信じられないことに彼女が歌いはじめたのはつい最近のことだという。

 「自分の声が嫌いだったんですよ。すぐ真似されたりとか、テープで自分の声を聞いたときの衝撃もあって」。

 6月27日に坂本龍一プロデュースによるファースト・アルバム『songs in the birdcage』をリリースするコトリンゴ。小さい頃からピアノとエレクトーンを弾いていた彼女は、とにかくピアノを弾いていたいという思いと、小学校のときからアメリカへ行きたいという憧れもあったため、ジャズのエリート校であるバークリーへ留学する。だが、「卒業すれば音楽の仕事がいっぱいあったり、有名になれるのかと思ってたんだけど……」と音楽ビジネスの厳しい現実に直面した彼女は、自分が本当にやりたいことがわからなくなってしまう。NYに移住して友達の歌手のバックでピアノを弾く仕事をしていたが、「ジャズは極端な話をすればブラック・ミュージックじゃないですか、いろんなルールもあって。で、だんだん外で演奏することにも夢中になれなくなって」と音楽家としてのアイデンティティーに悩む日々が続いた。

 ところが、ここで転機が訪れる。

 「最初はお仕事をいただいて子供向けの英語の教材の音や歌を作ったりしていて。それから打ち込みとかをひとりでやるのが楽しくなってきて、(部屋に)こもるようになった」。

 子供たちにピアノを教えに行くために電車に乗っている間に浮かんでくる言葉やメロディーを、家に帰って録音する、という日々が続く。また、「同じような趣味を持った歌う人が思い当たらなかった。それに自分が好きだった渋谷系の人とかその頃聴きはじめていたムームやステレオラブとか、どっちかと言えば私の声もそっちに入れるかな?って思ったんです」ということで、とにかく自分で歌ってみようと思い立ったのだった。

 宅録した曲も溜まった頃、〈じゃあこれをどうするんだろう?〉とふと我に返った彼女はまたそこで立ち止まってしまう。だが、「それを誰かに認めてもらわないと意味がないし、日本語で書いていた曲だから日本の人に聴いてほしい」と思い、友人から教えてもらった宛先へデモテープを送ってみることにした。それは、坂本龍一のラジオ番組内でのオーディション宛であった。そのデモテープが教授の耳に留まり、人前で歌ったこともなかった彼女は教授からコンサート出演の依頼も受けて「えらいことになった」と思いつつも、初めてコトリンゴとして大観衆が見守るステージに立った。そして、そのライヴを観たCMディレクターから彼女に楽曲制作のオファーがあり、見事デビューを果たすことになったのだ。

 さて、完成した『songs in the birdcage』に話を移そう。彼女の歌声と驚異的なテクニックを持った独創的なピアノ・プレイが魅力なのはもちろんなのだが、まるで自由に飛び回るような緩急自在のメロディーや、大胆な発想によるエレクトロニクスの使い方と斬新なアレンジ、そして豊かな空想性のあるユニークな歌詞など、驚異的ながらもほのぼのとその空間に引き込まれてしまう強烈な磁気がどの曲にも存在している。広大な空や宇宙、異空間をイメージさせる自由さと解放感を彼女の音楽は内包しているのだ。

 「普段の何気ない一瞬が宇宙の真理に繋がるみたいな。難しいことを簡単に言う、簡単なことと難しいことは繋がっている、というか。ぼんやりしているんですけど、カラフルな……」。

 「目標は〈聴きながらトリップできるもの〉」――童女のように純粋無垢であどけない小さな声でポソッとそんな過激な発言をするというギャップに、コトリンゴの音楽の本質があるような気がする。

PROFILE

コトリンゴ
78年、大阪生まれ。福岡、名古屋、兵庫と転居しながら、ピアノとエレクトーンに親しむ生活を送る。99年、バークリー音楽院に留学。在学中に数々の賞を受賞する。2003年に学位取得後、NYへ居を移して数々のジャズ・クラブのライヴに参加。2005年秋より自宅にて曲作り/録音を開始し、2006年3月に坂本龍一のラジオにて彼女の送った音源がオンエアされる。同年6月に坂本龍一プロデュースの〈ロハスクラシックコンサート〉に出演し、11月にTVCMタイアップ曲のファースト・シングル“こんにちは またあした”でデビュー。2007年2月のシングル“にちよ待ち”を経て、6月27日にファースト・アルバム『songs in the birdcage』(commmons)をリリースする。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年07月05日 16:00

更新: 2007年07月05日 17:51

ソース: 『bounce』 288号(2007/6/25)

文/ダイサク・ジョビン