インタビュー

Spinna B-ill


 Spinna B-ILLという名前を耳にして、〈ああ、あのレゲエの!〉と反射的に思う人がいても、まだ仕方ないのかも知れない。なにしろSpinna B-ill & the cavemansの残した各アルバムは、B-ILLがバンドを離脱してすでに2年を経ようとしている現在もなお、ヒットし続けている超ロングセラーなのだから。つまり、いまだに新しい音楽ファンが、レゲエ・シンガーである彼の歌声をとおして増え続けていることになる(これはこれで凄いことだよね)。

 でも、このたび自主レーベルのUNIQUE CHANNELを立ち上げて、ようやく完成させたソロ名義でのファースト・フル・アルバム『Re:program』を聴いてもらえば、彼がこれまでの活動をポジティヴに携えながら、新しい地平に向けてしっかりと(みずからの足で、力強く!)歩き出しているという事実を認識してもらえることだろう。それは、こんな言葉からもひしひしと伝わってくる。

「自分のレーベルを立ち上げたいちばんの理由は、まずSpinna B-ILLという門構えをしっかり作りたかったんです。聴いている人の先入観や自分の先入観――〈俺はこういうものだ〉というものを壊して、もう一度ゼロから発信をしてみたかったというか。まっさらになってみて、自分の底力みたいなものも改めてわかって、もっとヴォリューム感がほしいなと思いながらアルバムを作っていたので、完成するまでにずいぶん時間はかかっちゃったけど、聴く人にこれを俺のベーシックだと思ってもらえたらいいな、と」。

 実際このアルバムには〈モロにレゲエである〉というような曲は一切ないが、レゲエというフィルターをとおして彼自身が感銘を受けたであろう60年代や70年代のアメリカのダンス・ミュージック(R&Bと呼んでもいいのかな)的な要素をたくさん盛り込んだようなナンバーならしっかりと存在している。それらの楽曲に対してだと思うが、彼の口からこんな言葉も聞けたので紹介しておこう。

「R&Bだ、レゲエだ、というのは聴いてくれた人に委ねたいと思う。このアルバムでは音楽を通じて自分の世界観みたいなものを提示しているだけ。自分の世界観を音像で作るということに徹したつもり」。

 日本人離れした、圧倒的に肉厚なヴォーカル。セクシーなんだけど、スモーキーでブルージーな感覚も見事に表現してしまえる、非凡でなおかつ個性的なB-ILLのヴォーカル。この歌声の質感は〈J-Pop〉と呼ばれている音楽では滅多に出会えない。

「最近よく聴いているのは、エイミー・ワインハウスやラウル・ミドン」と語る彼。B-ILLと同じ質感を感じさせるアーティストと言えば、まさにエイミー・ワインハウスやラウル・ミドンであると僕も思っていたのだ(本当だよ)。特にエイミー・ワインハウスの、レゲエ(スカやダブ)とR&B(モータウンなど)、その両方のエッセンスが何の違和感もなく彼女の歌の中でブレンドされて、血となり肉となり、音像として結実している感じは本当にB-ILLの音楽と瓜二つだと思う。英国と日本という違いだけで、彼と彼女の作品には偶然ではない同時代性、シンクロしているものを感じるのだ。

「仲間に入りそうになると出たくなるんだよね(笑)」――わかる人にはわかる、この感覚。人間はひとりで存在することなど不可能で、多くの人との出会いや支えなどによって初めて〈生〉というものが成立しているということはもちろん理解しているけれど、一方で〈型にはめられるのは窮屈で御免だ〉という気持ちも、きっと多くの人が心の中で抱えているのではないだろうか。レゲエ、サーフ・ロック、R&Bといったいろんな音楽ジャンルのアーティストとの交流、ライヴやフェスなどへの出演。そういったことに対してポジティヴに活動を続けてきたSpinna B-ILL。その経験もまた『Re:program』で聴ける芳潤なヴォーカルや色彩に富んだ音楽表現の肥やしになっていることは間違いないけれど、どこかでひとりすくっと立っている、と感じる彼の歌声にこそ、実は僕はとても心惹かれていたりするのだ。

PROFILE

Spinna B-ILL
73年生まれのシンガー・ソングライター。2002年にレゲエ・バンドのSpinna B-ill & the cavemansとしてデビュー・アルバム『Humarhythm』をリリース。その後、『サントラ』『Reggae Train』と2枚のオリジナル・アルバムを発表するも、2005年4月にバンドを脱退。同年9月にKENJI JAMMERとのコラボ・アルバム『STAY LONGER』をリリース。2006年6月に発表したソロ名義でのファースト・ミニ・アルバム『ST-ILL GROWING』を皮切りに、日本各地で精力的なライヴ活動を展開。このたび自主レーベルのUNIQUE CHANNEL立ち上げて、10月3日にファースト・フル・アルバム『Re:program』(UNIQUE CHANNEL)をリリースする。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年10月11日 01:00

更新: 2007年10月11日 17:06

ソース: 『bounce』 291号(2007/9/25)

文/鈴木 智彦