ADELE
英BBCが毎年発表している〈サウンド・オブ・リスト(評論家やメディアの投票を元に決められる、その年にもっとも活躍が期待できる新人10組)〉の2008年度版で第1位に選ばれたのがアデルだったが、これは正しい。まさしく〈2008年の声〉と言いたくなる新人であり、筆者は昨年秋頃に初めて彼女の歌声を聴いて、10秒で恋に落ちた。サウス・ロンドン生まれの、なんとまだ19歳。スモーキーで、包み込むような感覚も持ち、とても親密に響いてくるこの歌声の深みが19歳のものとは!! いったいいくつでこのような声になったのか。またどれほど人を惹きつける歌声かを本人は自覚しているのだろうか。
「う~ん、わかんないなぁ(笑)。あまり自分の声について考えたことがないから。でもファースト・シングル“Hometown Glory”が出た時に、いろんなタイプの人が私の音楽を好きになってくれるかもしれないって感じたわ。それからイギリスで初めてツアーをやった時、たくさんの人が涙を流してて。だから、自分の声にはなにかがあるのかもって自覚したのは、“Hometown Glory”が出た時ってことになるわね。でも、声自体はずっとこうなのよ。煙草もたくさん吸うしね」。
子供の頃から歌手を夢見て……などというタイプではない。デビューに至ったのも、半ば偶然のようなものだと言う。
「2004年に友達が〈MySpace〉に私のアカウントを作ってくれたのね。で、2006年に私は学校を卒業したわけだけど、ちょうどその頃にXLの人が私の〈MySpace〉を見たようで、電話をくれて会いたいって言ってきたの。私はレコード会社にデモテープを送ったこともないし、レコード契約を探していたわけでもなかったから、〈A&Rの仕事かなんかをやらせてくれないかなぁ〉なんて思って行ったら、契約することになっちゃって(笑)」。
“Daydreamer”という美しい曲を書いて歌うアデルはしかし、「私は現実主義者」とも言う。ひとりっ子であり、母親とふたりきりで暮らしてきた彼女は、夢見る夢子ちゃんなどではなく、それは歌詞の書き方にも表れている。
「空想で書くことはできないし、ほかの誰かの気持ちになって書くこともできないわ。自分が経験して感じたことしか書けないし、そうじゃないと感情を歌に込められないもん。書くのは落ち込んでる時が多いわね。そういう時は人と喋るよりも気持ちを書き出すほうが落ち着くの。愚痴を言うより、曲にしたほうが生産的だし(笑)。だから悲しいラヴソングばっかりになっちゃう。ハッピーな時はガンガン外出しちゃうから曲なんて書かないのよ」。
そんな彼女のファースト・アルバムは、シングルを聴いて期待していたそれを軽く上回る傑作だ。「ジル・スコットとエタ・ジェイムズをお手本にして歌の勉強をした」と言うだけあって、ソウルの感覚が歌唱法に表われたものではあるが、ケイティ・メルアやノラ・ジョーンズの音楽のようにジャジーな落ち着きもあるし、ベス・オートンのようにフォーキーで曇ったムードもある。ヒップホップ的なビートの曲も、ブルースの匂いがする曲も、ある。
「そう感じてもらえるのは嬉しいわ。R&Bもジャズもフォークもブルースも好きだから。私は〈ソウル・シンガー〉だと自認しているけど、いま言ったいろんな要素が混ざってるし、実際これはすごく折衷的なアルバムだと思う。私にはまだ特定のサウンドがないけど、まだ19歳だし、これからどんな方向にでも行けるという意味で、それはいいことだと思ってるの」。
だから、アルバム・タイトルは『19』。
「私が19歳の頃はこんなことをやって、こんな気持ちでいたんだってことを、子供ができた時に教えてあげられるかなって思って。次作のタイトルは、たぶん〈21〉ね(笑)」。
PROFILE
アデル
88年生まれ、サウス・ロンドン出身のシンガー・ソングライター。14歳の頃からギターを弾きはじめ、ほぼ同時期に作曲活動も開始。2006年5月にイモージェン・ヒープやケイト・ナッシュを輩出したアート・スクールを卒業。2007年2月にペースメイカーからファースト・シングル“Hometown Glory”を限定リリース。同曲が話題を呼んでXLと契約を結び、ほどなくしてレーベルメイトであるジャック・ペニャーテらのサポート・アクトを務めるようになる。同年、ブリット・アワードに新設された新人賞〈クリティクス・チョイス〉を獲得。今年に入ってファースト・アルバム『19』(XL/Beggars Japan)を発表。3月5日にその日本盤がリリースされた。