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インタビュー

あらかじめ決められた恋人たちへ

 アスファルトの上で営まれる人々の生活。そこから生まれる軋みを身に纏いながら、高層ビルのあいだをゆらゆらと浮遊し、翻っては咆哮を繰り返すピアニカの旋律――。都市生活者のカラカラに乾いたエモーションが宿ったエレクトロ・ダブは、果たしてどこへ流れゆく?

  高層ビルのあいだを縫うように優しく流れていったかと思えば、アスファルトの上で軋む人間の生活音を巻き込んで唸りを上げる。多種多様に色彩を変えていくピアニカの旋律は、聴く者の心にどこまでも深く響いていく。池永正二によるユニット、あらかじめ決められた恋人たちへ(以下、あら恋)が奏でるエレクトロなダブ・サウンド――それは、都市や郊外生活者のカラカラに渇いたエモーションが宿った、純然たるストリート・ミュージックである。

 「音楽で映画を作りたい。サントラではなくて、音楽自体がそのまま映画。それがおもしろいと思ったし、自分には合っているかなと」(池永正二、ピアニカ/トラック:以下同)。

 そんなコンセプトのもと、あら恋は2000年前後に活動を開始した。かつて大阪芸術大学の映像学科に籍を置いていた彼は、「自主制作映画を撮っていた時、小道具で使った」というピアニカを手にしたことで、音楽方面にシフト。イギリスの都会派ダブ・レーベル、ON-Uサウンドへの日本からの回答を思わせるレゲエ/ダブ・ミュージックをベースに、テクノ~マッドチェスター、ハードコアやスカムといった要素をコラージュした、良い意味で整合性を拒否する奔放なサウンドに行き着いた。

  「レゲエやダブはもちろん好き。でも、BOREDOMSとか難波ベアーズ(大阪・なんばのライヴハウス)周辺のスカムな音楽とか、田中フミヤのとれま関連とか、そういうのも全部同列にかっこええ!と思ってた。僕が青春時代を過ごした90年代初頭の大阪って、(石野)卓球がガバを流した後にコンクリート・オクトパス(ヤマタカアイをリーダーとした、ジャンク・ハードコア・パンク・バンド)なんかが出演するイヴェントがあったりで、訳がわからなくて、怖い部分もあるけどなんかヤバイ!って感じの音楽が好きだったね」。

 2003年の『釘』、2005年の『ブレ』に続く、あら恋3年ぶりの新作『カラ』は、池永が大阪から東京へ拠点を移してから初のアルバムとなる。『ブレ』リリース以降、あら恋はソロだけでなく、バンドでのライヴ活動もスタート。さらに、舞台「パンク侍、斬られて候」(町田康原作、山内圭哉主演・脚本)の音楽制作や、京都の吟遊詩人・ゆーきゃんとのタッグなど、外部とのコラボレートを積極的に行った影響からか、一音一音がさらに強靭となり、疾走感も増している。結果、あら恋史上、最もアグレッシヴで、〈ヤバイ〉雰囲気が漂う作品となった。

 「舞台の音楽制作も、ゆーきゃんとのコラボレートも、やっぱり大きかったですね。ゆーきゃんとのコラボレートでは歌ものを作ることがあったんで、構成とかサビをすごく考えるようになって。『カラ』はロック・アルバムであるけど、一方で、初めてポップスを意識したアレンジをしている部分もあります」。

  凶悪なノイズと石井モタコ(オシリペンペンズ)の咆哮で幕を開ける“アカリ”、ライヴではクライマックスで登場するダンサブルなダブ・ロック“よく眠る”などの必殺チューンが、一枚のアルバムのなかで違和感なく存在するのも特筆すべき点だ。だがそういったハードな曲を含め、作品全体はどこか無機質で、空虚な世界観に包まれている。

 「昔からずっと大阪の郊外に住んできたから、そういうノスタルジックな部分が出ているのかなと思う。なぜか、最後まで完成するのは悲しい曲ばっかり(笑)」。

 だが、それを否定するでも肯定するでもなく、ただ音楽を作り、ライヴをすることが、いまのあら恋の形だと池永は語る。その達観した姿勢からは、今年に入ってほぼバンド・メンバーが固定され、急速に進化を遂げているユニットへの充実感が滲み出ていた。

 「ちょっと前までは、こんな音楽を作ってて生活していくのはムリムリ、って諦めきってたんです。でも、そうじゃない。東京に来て、『カラ』を作り終えて思ったのは、やりたい音楽をただやって、生活を重ねていくだけでいいんだと。止まることなくね。そういう根本のところに、やっと戻れた気がします。いまはやりたいことばかり。バンドで音源を録りたいし、完全にショウ・アップしたライヴもしたい。初期衝動やプロセスはもちろん重要ですけど、最終的にはエンターテインメントでありたいですし、あるべきだと思ってます」。

あらかじめ決められた恋人たちへ 『カラ』
1. アカリ feat.石井モタコ(from オシリペンペンズ)
2. よく眠る(♪試聴する
3. トカレフ(♪試聴する
4. 錆びる灯(♪試聴する
5. 時間
6. silent way
7. トオクノ
8. 引火
9. コウカン
10. 十数えて(from audio safari/あらかじめ決められた恋人たちへ REMIX)

▼あらかじめ決められた恋人たちへの作品を紹介


2003年作『釘』

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・関西のダブ・ユニット、〈あらかじめ決められた恋人たちへ〉新作発売。(bounce.com ニュース/2005年2月22日付)

カテゴリ : ニューフェイズ

掲載: 2008年10月16日 18:00

更新: 2008年11月13日 19:42

文/森 樹