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インタビュー

TYNISHA KELI


  日本制作の美麗なCDジャケットからもわかるように、キュートさを強調した売り方がなされている。実際、プロモ来日時には、多くの取材陣が〈カワイイ〉という言葉を彼女に向けて発したとも聞いた。が、当人はといえば、その言葉にややウンザリしている様子。もっと私の背景を知ってもらいたい。シンガーとして私を評価してもらいたい。そのような思いがわかりやすく態度と表情に出ていて、ああ、嘘のつけない人なのだなと筆者は思ったものだ。

「よく〈私はセレブ!〉っていうような打ち出し方をしているアーティストがいるでしょ? ああいうのってホント、苦手」。

 そんなふうに歯に衣着せぬ物言いも気持ちの良い23歳。大手配信サイトの洋楽チャートで先行配信曲が3曲続けて1位になり、大ブレイクの兆しを見せているポップR&Bシンガーがこのティニーシャ・ケリーだ。実は相当の苦労人である。「街全体が暗い影に覆われてて、貧困、犯罪、ドラッグの問題が増す一方」だと話すマサチューセッツ州のニューベッドフォードに育ち、父親はティニーシャが1歳の時に不慮の事故で他界。そのショックで母親が鬱病になって育児を放棄したことから、弟と妹の母親代わりを務めながら生きてきたという。

「いまの私からは想像できないでしょうけど(苦笑)、昔は誰とも喋らない静かな子だった。感情を押し殺していたようなところがあったわ。でも歌うことは大好きだった。なぜかというと、歌う時だけは自分の感情を出せたから」。

 やがてその歌唱表現力がK-Ci&ジョジョ作品などを手掛けたデーモン・ジョーンズに買われ、2002年にガールズ・ソサエティというガールズ・ポップ・グループの一員としてデビュー。15歳の時のことだ。が、他のメンバーたちとソリが合わずに1年と数か月で脱退している。

「私が歌いたかったのは軽いポップじゃなくてR&Bだったから、良かったんだけどね」。

 その後も紆余曲折あって時間はかかったものの、みずから〈MySpace〉にアップした曲が最終的に大物プロデューサーであるカーラ・ディオガルディの耳に留まって、ワーナーとソロ契約。カーラの指揮のもと、ボー・ドジャー、リコ・ラヴ、ジョナサン“JR”ロテム、ハーヴィー・メイソンJrらが制作に参加したファースト・アルバム『The Chronicles Of TK』を完成させた。

 キラキラしたサウンドに乗せて歌われる、弾んだ感覚のポップR&B曲も良い。だがティニーシャ自身にとっても、聴き手がより生身の彼女を正しく捉えるという意味においても、より重要なのはオープナーの“Conversations With God”や7曲目の“Misunderstood”といった自伝的なスロウ曲のほうだろう。わけてもサイレンの音にストリングスが被さり、まるで映画のワンシーンのように始まる“Conversations With God”には激しく胸を揺さぶられる。

「これは私のリアル・ストーリー。寒空の下で息を吐いて、かじかんだ手を温めようとしていたのはあの頃の私だし、ポケットに1ドルしかなかったのも本当のこと。音を出すと母に怒鳴られるからヘッドフォンをして、ブランディを聴きながら歌の練習をしていたのも、チョコバーを盗んで飢えをしのいでいたのも事実よ。でもこの歌のなかでもっとも自分の心に沁みるのは、〈私は亡くなった家族を誇らしい気分にしてやりたいだけ。ねえダディ、娘の晴れ姿を見てよ、ってね〉っていうところ。この部分を歌うとどうしても泣きそうになっちゃうの」。

 ちなみに〈亡くなった家族〉とあるが、彼女が母親代わりとなって育てた弟もいまはもうこの世にいない。

「だけど人生、悪いことだけが永遠に続くなんてことは絶対にない。私は諦めてしまう自分を許さなかったわ。だからいまの私があるのよ」。

〈カワイイ〉を連発する前に、ティニーシャが誰よりも逆境に強いサヴァイヴァーであることを覚えておいていただきたい。

PROFILE

ティニーシャ・ケリー
85年生まれ、マサチューセッツ出身のR&Bシンガー。幼い頃からブランディやフェイス・エヴァンスに憧れて育ち、14歳の時にシンガー・デビューを志してLAへ移住する。レッスンやオーディションを経て、ガールズ・グループのガールズ・ソサエティに参加。グループは2002年に“Respect Me”でデビューを果たすも、ソロ活動を志向して脱退する。その後、自身の〈MySpace〉にアップした“I Wish You Loved Me”をきっかけにワーナーと契約。カーラ・ディオガルディのバックアップでレコーディングを開始する。日本では配信主導で2008年頃から話題を集め、このたびファースト・アルバム『The Chronicles Of TK』(Warner Bros./ワーナー)を日本先行でリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2009年05月07日 16:00

更新: 2009年05月07日 17:25

ソース: 『bounce』 309号(2009/4/25)

文/内本 順一