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インタビュー

CHIYORI

  どこから声が出ているのだろうと思ったし、その声がどこから自分のなかに入ってくるのだろう、と思う。たぶん耳からだけじゃないのだ。Shing02のアルバムやツアーに参加し、Memory StormやJUSWANNAの楽曲でも魅力を浸透させてきたCHIYORIは、そんなシンガーである。その歌唱の源泉を「中島みゆきには精神面で共感するものがありました。ビョークからも影響を受けましたが、歌や声を聴き込むっていうより、もっと音の世界として聴いています」という言葉に見つけることもできるし、そこに例えばUAの名を連ねたくなる人もいるだろう。CHIYORIもまた、そういった先人に通じる波動を備えた歌い手なのだ。

 彼女は岩国生まれ。子供の頃から歌うことが大好きで、「声が外に出ていってるのがわかって、それだけでも楽しかった」という声楽、合唱、あるいはバンドでの活動……とその小さな世界をゆっくり広げていくなかで、レゲエやヒップホップの刺激に出会うことになる。

 「レゲエは中3ぐらいから聴いてて、高校ではバンドもやってたんですけど。高校2年生の頃からMUTAとヒップホップのビートでやるようになって、レコードのインストに乗せて曲の制作も始めたんです。ちょうどShing02さんやアブストラクトなものをいろいろ聴きはじめた時期でもあって」。

 現在はJUSWANNAのDJとして知られるMUTA、そして彼の兄にあたる(現MSCの)DJ琥珀と出会ったCHIYORIは、2人の地元となる熊本に移って音の世界に没入していく。

 「2人とも音楽に関しては凄くストイックで真面目だから、正直に何でも言ってくれるので、緊張感のある制作環境のなかでいろいろ鍛えられたと思います。自分たちでイヴェントを始めてからは熊本のシーンとも繋がれて、いまも密な人たちに出会えました。現在私のライヴのバックDJをしているRYUHEIもそのなかの一人です」。

 濃密な数年を経て上京した彼女は、熊本時代にデモを渡していたというShing02の誘いでレコーディングを経験する(それが後に『歪曲』で実を結ぶ)一方、上京後に知り合ったYamaanを経由して、彼の属するTempleATS周辺へもリンクしていく。

 「東京に来て“Call Me”を作り出してたんですけど、Yamaanが〈いい曲だからトラックを作らせて〉って言ってくれて、1年半ぐらいかけて完成させました。私は曲も詞も歌い方も、トラックに対しての効果を考えながらいっしょに作るんです。リリックも降ってきたものを歌いながらラフを何回も録って、そこから詞をまとめていきます。曲を作り込んでも、トラックを聴いて最初に見えた風景が残るようにしたくて」。

 まるでMCのフリースタイルのようだが、CHIYORI独特の情緒は、そのように本能的な閃きと多重録音などの緻密な試行錯誤が織り重ねられたなかから醸し出されてくるのだろう。翳りと深みのあるレゲエにすすり泣くような小節が翻っていく、素晴らしい“Call Me”は結果的に最初のシングルとなり、その延長線上に生まれたのがファースト・アルバム『CHIYORI』である。

 「周りの人たちとの作品を自分が良いと思えるところまでやりきって、それを世に出すのが目標でした」という言葉通り、作品に貢献したメンツはこれまでの道程で出会った仲間ばかりだ。上京前から原型があったという“踊村”“涙声”も含む計4曲をYamaanが手掛け、Shing02がダブ・ミックスを担った“悲海”などのプロデュースは彼女とイヴェント〈TEC ROCC〉を共催するIMGだ。HAKUCHUMUとのダブ・トラック“Night Dubbing”も重く軽やかで美しいし、Memory StormのKOR-1による“星ノ降ル夜”も幻想的なダンス・ビートに真摯な情念が滲む逸曲だろう。後半には某ビー・コールドウェルの引用も甘やかな“雨のキミ”、ビートの向こうから晴れ間が射し込むような“After The Rain”が連なり、MUTAの手掛けた終曲“Sunday”(ピアノはエミ・マイヤー)が穏やかな余韻と温かいものを連れてくる。懐かしい何かをくすぐられるようで、どこか原始的な神々しさもあって、それでいて身体中に懐いてくる……つまり、心を揺さぶられる素晴らしいアルバムということになる。絶賛しまくりでバカみたいだが、本当だ。

 「リリックも音も自分に正直に向き合って作るしかないし、そういう存在になるのが理想です」と語るCHIYORI。この先もずっと地上で歌い続けてほしい才能だ。

PROFILE/CHIYORI

山口は岩国出身のシンガー・ソングライター。幼少期から声楽や合唱を通じて歌に親しみ、中学ではバンドで活動する。埼玉の高校時代にMUTAとDJ琥珀らに出会い、ソングライトや制作を開始。彼らの地元となる熊本でクルーとして活動した後、拠点を東京に移す。2007年よりIMGとの主催イヴェント〈TEC ROCC〉をスタートさせ、並行してE.H.H. ProjectやMemory Stormの作品に客演して注目を集める。2008年にShing02の『歪曲』に参加し、彼のツアー〈歪曲巡礼〉にも帯同。同年12月にファースト・シングル“Call Me”をリリースする。コンピ『The TBS Project』への参加やJUSWANNAとの共演を経て、このたびファースト・アルバム『CHIYORI』(Mary Joy)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2009年06月24日 18:00

更新: 2009年06月24日 18:22

ソース: 『bounce』 311号(2009/6/25)

文/出嶌 孝次