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インタビュー

アリス=紗良・オット

1988年生まれ。瑞々しく聡明なピアニストだ。2008年秋、アリス=紗良・オットのデビュー盤となったリスト《超絶技巧練習曲集》は、鮮烈な技巧の喜びだけでなく、言葉を選び抜いた詩が奔るような美しい世界をひらいていた。…そして彼女が2枚目のアルバムに選んだのは、ショパンのワルツ全集。これもまた、一篇ごとに巧みな語りを磨きながら、曲を重ねるうち優れた詩集のように響いてくる好盤だ。

「ショパンの作品でもスケルツォとかプレリュード、エチュード、といろいろ弾いてみたなかで、特に自分に語りかけてきたのが、ワルツ。でも取り組みだしたら思っていたより難しくて」と笑うアリス。往年の名ピアニスト、コルトーの古いワルツ録音に深く感銘を受けたという彼女は「彼の録音にはミスタッチも多いんですけど、それはちっとも気にならない。ミスを隠してしまうほどの魅力、彼の弾くワルツにある特別な薫りをどうしても見出したかった。それは近くにあるのに、壁の向こうにあるようにつかめない。でも、諦めたくなかった」

録音まで模索を重ねた末、その壁を破ったアリス。母が日本人、父がドイツ人の彼女は、朗らかな日本語で語りつつ、昂じてくるとドイツ語で熱く踏み込んでゆく。

「ショパンのワルツは、当時流行っていたウィンナ・ワルツとはアクセントが違ったりするんです。アクセントが変われば音色も変わりますから、弾くのはとても難しいですが、その〈合わせて踊れるワルツではない〉というある種の矛盾に惹かれるところもありましたね」

ショパンはマズルカやポロネーズなど、若き日に離れ遂に帰ることのなかった故国ポーランドの民族舞曲を作品に昇華させているが、ワルツは祖国の舞曲ではない。

「でも、たとえば祖国の革命の報を訊いた時に書かれたイ短調(作品34の2)のワルツによく表れているのですが、暗いテーマから期待のような長調へ3回逃げ込み、また短調へ…と、このワルツの中に自身の迷いや葛藤を描き出している。ショパンが生涯書き続けたワルツには彼の〈人生〉が描かれているのです。…今回の録音も、ワルツの世界に入ることでショパンという人間そのものを理解してゆくような、とても大きな挑戦でした」

彼女の新譜は、ショパンが生涯にわたって書き続けたワルツをただ漫然と愛でるように集めたのではない。若きアリスが「暗闇を彷徨いながら」達したのは、ワルツという曲種にこそたちあらわれる、ショパンの〈生〉の匂いと、その濃厚。美しくも雄弁な詩集になった。

魅せられたからこそ、超えられた壁。これからアリスが出逢う挑戦もまた楽しみだが…もし今後なんでも録音していいと言われたらなにを?「ソロなら《ゴルトベルク変奏曲》とか…協奏曲なら、バッハ全部、そしていつかブゾーニのピアノ協奏曲にも挑戦してみたい!」

志あふれる俊英は、輝くような笑顔で語ってくれた。

 

『東芝グランドコンサート2010 』
サカリ・オラモ(指揮)ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、アリス=紗良・オット(P)
○2/23(火)広島ALSOKホール○2/25(木)愛知県芸術劇場コンサートホール○3/1(水)石川県立音楽堂コンサートホール○3/2(火)ミューザ川崎シンフォニーホール【http://www.alice-sara-ott.com/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年02月16日 20:12

更新: 2010年02月16日 20:24

ソース: intoxicate vol.83 (2009年12月20日発行)

interview & text : 山野雄大