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インタビュー

世武裕子 『リリー』

 

世武裕子 -A

昨年、くるりのツアー・メンバーとしてステージの隅で鍵盤を弾く姿を何度か観た。そして、観るたびに驚かされた。曲によってはメインでアンサンブルを引っ張りつつ、コーラスもしっかり取る様子はサポートの域を完全に超えている。これはちゃんと歌モノの作品を作ったほうが良いのではないか、と。

「自分の声がすごい嫌いだったんで歌ってなかったんですけど、歌うこと自体はすごい好きだったんです。ただ、自分がいいなと思える歌と、周りの人がいいというのとがあまりにもかけ離れていたっていうのもあって、なかなか踏み出せなかったんですよね」。

ファースト・アルバム『おうちはどこ?』がタワーレコード限定で発表されたのが2008年11月。フランスへの留学経験があり、数々の映画音楽を手掛けてきたガブリエル・ヤレドとも親しく……などといった〈クール〉な経歴も相まって、室内楽的な感触のあるその作品は一部の耳を持ったリスナーに歓迎された。だが、最初に書いたようにくるり周辺の活動で自信を付けたのか、前作ではまだ封印していたヴォーカルを解禁。シンガー・ソングライター・スタイルで奔放に歌の世界へ挑むことで、彼女と音楽との関係は遥かにクリアになった。それがニュー・アルバム『リリー』だ。

「といっても、歌がある/なしを意識して曲を書き分けたりはしないんです。もともと映画音楽……というより映画に関わることがしたくて。でも映画音楽を作ることはなかなか大変なことに気付き、それなら自分で曲を書いて自分で演奏して、自分の作品として発表したほうがいいと思ったのがきっかけです。でも映画への思いを捨てることもできず、実は演技も少しかじったことがあったんですよ(笑)。だからいまも映画を意識した作品作りをしてるんです」。

関西出身らしい大らかな笑い声が似合うチャーミングな女性だ。フランス語が堪能という事実からアンニュイなイメージもあったが、実際に会うとあっけらかんと「映画音楽にハマったきっかけは〈ジュラシック・パーク〉!」と告白する。全曲本人によるソングライティングで、インストの1曲を除くほとんどが日本語詞(一部フランス語)。お腹からしっかり出した彼女の太くて媚びない歌声が、洒脱なジャズ風のアレンジで彩られたナンバーを自由自在に引き寄せていく。

「あんまりジャンルを意識してないし、そもそも私、音楽をたくさん聴いたりCDを買ったりするタイプじゃないんです。だから音楽のこともよくわからない。 それより自分の音楽を作るほうが好きなんですよね。だから映画を観ていてセリフとか脚本とかで印象に残る言葉なんかがあったら、そこに今度は自分から音で 返答する。妄想ですよね、ほとんど(笑)。どの曲もそんな感じで作りました」。

レコーディングは京都にて。世武自身が弾くピアノにベースとドラムス(どちらもCHAINSのメンバーによる)というミニマムなアンサンブルながら、情緒豊かに歌の〈シーン〉を物語っていく。だが、気取ってもいなければ難しいことをやろうとも一切していないから、どの曲もポップスのスタンダードたり得るほどにカジュアル。おまけに歌詞はユーモラスで粋だ。

「あまり音楽を知らないから何かからの影響を受けていても気付かないんですけど、最近オリジナリティーということはよく考えますね。自分の音楽がオリジナルなものであってほしいと思っています」。

 

PROFILE/世武裕子

滋賀出身のシンガー・ソングライター。幼い頃からピアノを習い、5歳で初めて作曲する。2002年にフランスへ留学。パリ・エコール・ノルマル音楽院の映画音楽作曲科へ入学。他にもモロッコやアイルランドで民族音楽を学びつつ、2005年に同校を主席で卒業。帰国して拠点を東京へ移し、作曲活動を開始する。2007年に自身の〈MySpace〉のURLをNOISE McCARTNEYへ送ったことをきっかけに同レーベルと契約。2008年にファースト・アルバム『おうちはどこ?』をタワーレコード限定で発表。その後くるりのライヴ・サポートやトリビュート盤『くるり鶏びゅ~と』に参加するなど認知を広め、このたびニュー・アルバム『リリー』(NOISE McCARTNEY)をリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年04月15日 15:20

更新: 2010年04月15日 15:24

ソース: bounce 319号 (2010年3月25日発行)

インタヴュー・文/岡村詩野

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