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インタビュー

大萩康司

祝デビュー10周年!
──『フェリシタシオン!そして新たな日々へ』と共に第二章の幕が開ける。

淡い色彩が空間に溢れ流れるようなギターの美しい演奏で、2000年のデビュー時から〈音の詩人〉、〈響きの画家〉という言葉で絶賛されてきた大萩康司がデビュー10周年を迎えて、初めてのベスト盤『フェリシタシオン!~そして新たな日々へ』を企画した。

『フェリシタシオン!』は、代表曲を寄せ集めたコレクションとは異なり、新曲はもちろんのこと、過去の楽曲も新たにレコーディングするなど、全編で彼のこだわりが感じられるベスト盤になっている。選曲は10年分のレパートリーの中から彼自身が行った。

「単なる代表曲の寄せ集めだったら、全てのCDを持っている人にとってはつまらないものになってしまうじゃないですか。そう思ったので、ベスト盤ではあるけれど、1枚の作品として楽しんでもらえるアルバムにしたいと考えました。今デジタル配信が盛んになり、音楽が楽曲単位で楽しまれるようになっているけれど、僕はジャケットなどのデザインを含めた作品としてのCDにこだわり、ベスト盤でもその意味合いを深めたいと思ったんですね。なので、過去の楽曲の中からひとつの作品に収めたいと思うものを選び、その中から今の僕の演奏で聴いてもらいたい楽曲を再レコーディング。これが4曲ほど。さらに新たな取り組みとして日本人の作曲家2人に新曲を書いていただきました。最終的にそれらを収めることで、過去、現在、未来という構成のアルバムになったと思います」

冒頭でも触れたようにデビュー時から音楽家としての才能、ギタリストとしての実力は十分に高かったので、デビュー作の演奏を聴いて、当時は未熟だったという印象は絶対に抱かない。そのクオリティがあっても再録したのは、デビュー作のタイトルになった《11月のある日》のように当時は楽譜がなく、演奏から起こした譜面で演奏していたのが、その後に楽譜が出版されてみると、異なる部分があったという理由で再レコーディングされたりしている。

収録曲は全19曲、70分強というボリュームだ。中盤にはCDではなく、キューバで撮影されたDVD作品『鐘のなるキューバの風景』からの曲が3曲続き、司会者が話すスペイン語の紹介や観客のざわめきなども聴こえて、そこだけ雰囲気が大きく変わる。

「他の収録曲は、スタジオやホールでレコーディングされたものなので、そこにライヴの臨場感を加えたいと思ったんですね。それでキューバでライヴ録音した曲をDVDから抜粋して収録しました」

その生演奏がまさに臨場感たっぷりで、目の前で演奏されているような感覚に襲われる。それがとても心地よく感じられる。

新曲は全部で4曲。アルバムの冒頭を飾る《12月の太陽》は、親交のあるキューバのギタリスト、レイ・ゲーラが書き下ろした曲。続く2曲目の《フェリシタシオン!》は、アルバム・タイトルにもなった曲で、現代音楽の作曲家・金子仁美の作品である。

「金子さんとは2007年に出会い、彼女の新曲を所沢ミューズのイベントで演奏したのですが、その時は微分音を駆使した前衛的な作品で、かなりチャレンジングでした。その彼女が僕の結婚のお祝いにということでプレゼントしてくれたのが《フェリシタシオン!》。最近は合唱曲も書いていらっしゃるようで、弾いてみたら、調整感があったので、ちょっと驚きましたが、結婚のお祝いにといただいた時は嬉しくて涙が出ましたね」

〈フェリシタシオン!〉とはスペイン語で〈おめでとう〉という意味の言葉。金子さんは結婚のお祝いを込めてこのタイトルにしたのだと思うが、彼がこの曲をアルバム・タイトルにしたのは自分を祝うためではなく、10周年を迎えるにあたりみなさんに〈ありがとう〉というお礼を言いたかったから。そういう気持ちが込められている。

他に大河ドラマなどの音楽で知られている作曲家・渡辺俊幸が《始まりの日》と《つづれ織りの記録》の2曲を提供している。

「渡辺さんも、金子さんもギタリストではない作曲家です。渡辺さんに依頼する時に敢えてギターを意識しないで書いて欲しいとお願いしました。彼がギタリストのために曲を書くのは初めて。ギタリストが書く楽曲にはない魅力があり、《つづれ織りの記憶》のようなリズム感のある楽曲ってあまり聴いたことがなく、演奏するのは簡単じゃありませんが、とにかくカッコいい曲になっています」

その《つづれ織りの記憶》は、美しさの中に秘めたエネルギーがあり、大萩康司の力強さを併せ持った表現豊かな演奏に心奪われる。

デビューからの10年を第1章とすると、『フェリシタシオン!』のリリースと共に第2章の幕が開ける。それを意識して、サブタイトルに『そして新たな日々へ』を入れたというが、これからの10年をどう考えているのだろうか。

「音楽的には近代の曲をやって、最後にバッハにチャレンジしたいと考えていますが、同時にアジアでもっと演奏する機会を増やしたいですね。今年は台湾と上海でコンサートを行う予定になっています」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年04月27日 20:30

更新: 2010年04月27日 20:38

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 服部のり子