インタビュー

武久源造

J・S・バッハとジルバーマン・ピアノの〈謎解き〉に挑む

武久源造はチェンバロ、オルガンはじめ多様な鍵盤楽器を弾き、古楽アンサンブルを指揮し、自ら歌い、作曲もする多彩な音楽家である。コジマ録音【ALM】レコーズで続けている「鍵盤音楽の領域」シリーズの第8巻では1747年、ドイツの楽器製作者ゴットフリート・ジルバーマンが完成したフォルテピアノ(深町研太氏による複製)を用い、最晩年の大バッハと当時最新のピアノとの関係の〈謎解き〉を試みた。

──録音ならではの虚構と思われたが、5月21日には東京のトッパンホールで『ジルバーマン・ピアノでバッハを弾く』とのコンサートにも臨む。

「ジルバーマン・ピアノに関しては長らく、〈バッハが気に入った〉説と〈気に入らなかった〉説それぞれに有力な資料だけが残っていた。ピアノ発明300年の2000年に山本宣夫さんが復元したクリストフォリ・ピアノに触れて以来ますます、ジルバーマンの復元を待ち望んだ。07年に深町さんが復元してすぐ試奏し、ジルバーマンの完成度の高さに驚いた。クリストフォリはあくまで『フォルテとピアノを出せるチェンバロ』の発想に基づいていたが、ヴァイオリンには苦手な大きな和音を出し、チェンバロにピアノ、ハープ、弦楽器と少なくとも4種類の違った音色を弾き分けられ、楽器の中で音を大きく膨らませレガート(滑らか)に歌わせることを可能にしたジルバーマンは明らかに、チェンバロの世界から一歩を踏み出している。バッハの13曲のチェンバロ協奏曲にはヴァイオリン協奏曲からの転作もある。特に緩徐楽章のたっぷりした歌に関しては、ジルバーマンで弾くと表情の豊かさ、強弱の陰影をチェンバロより魅力的に表現できる。ただ〈まだ、どこへ行くかわからない〉部分を多く抱えていたので、バッハには強い関心の一方で戸惑いもあり、否定的発言をしたのではないか。古楽の分野でも、最後の段階では推測に委ねる部分が大きい」

「チェンバロの時代の終わりを告げるだけでなく、現代のピアノに出せない音色も備えたジルバーマン・ピアノで、行く行くはモーツァルトやベートーヴェンも弾こうと考えている。最大の障害は調律が狂いやすいこと。弾き始めたころは10分と持たなかった。ハンマーの皮や弦の材質をあれこれ替えた結果、現在はチェンバロ並みに演奏会の前半、後半それぞれ1度の調律で済むようになった。ピアノの歴史は音色、音量だけでなく、調律の安定との闘いでもあった。大きな音を出せば出すほど、調律は危なくなる。2年ほどジルバーマン・ピアノを弾き、CDを録音したのだが、やはり調律は難題で、バッハと同じ苦労を味わった気がした。今度は実際のコンサートホールで、また別のスリルを味わうはずだ」

──次の録音は意外にも……
「金子みすずの詩による、自作歌曲集。広島県在住のソプラノ歌手で日本歌曲のエキスパート、平本弘子さんとのコラボレーションだ。作曲に関しては野心皆無で、愛情だけ。本当に〈いい人〉になれます(笑)」

 

『武久源造 ジルバーマン・ピアノでバッハを弾く』
5/21(金) 19:00開演
会場:トッパンホール
http://www.toppanhall.com/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年05月10日 20:21

更新: 2010年05月10日 20:28

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 池田卓夫