インタビュー

秋吉敏子

「50年前に苦労して作曲した曲は、今でも重要なレパートリーになっています」

日本が世界に誇るピアニスト、コンポーザー秋吉敏子。今回復刻された『トシコ・アキヨシ・リサイタル』は、1956年にバークリー音楽院に入学するために渡米した秋吉が、5年ぶりに帰国した61年に録音された作品だ。当初はソノシートで発売され、その後レコードやCDにもなったのだが、ここしばらく入手が困難だった貴重なアイテムだ。ここで注目したいのは、この時点で彼女のオリジナル曲がレパートリーの中心になっていること。まずはそのあたりの思い出を語ってもらった。

「当時日本のジャズ・ミュージシャンはアメリカの曲のコピーばかりでした。56年にアメリカに渡って、黒人ミュージシャンたちにシンパシーを抱きまして、自分の日本人としての個性を打ち出したオリジナルを作り始めました。その最初の時期の曲が、このアルバムでも演奏している《ロング・イエロー・ロード》などの曲です。《木更津甚句》は日本の民謡をアレンジしてみたいと思いまして。この曲は8分の15拍子ですね」

60年代初頭、アメリカで活動するアジア系のジャズ・ミュージシャンは彼女しかいなかった。まして、自分のエスニックなルーツをジャズにとりこんだ存在は秋吉敏子だけだろう。

「当時ユタ・ヒップがドイツからニューヨークに来て演奏していましたけど、アジア出身のジャズ・ミュージシャンはわたくし一人でした。今から50年前に苦労して作曲したこれらの曲は、今でも重要なレパートリーになっています。喜んでいいのか、それとも進歩していないのか(笑)



《ロング・イエロー・ロード》は、日本的な曲だという意識は書いたときにはありませんでした。イントロの部分は、ヒンデミットの5重奏曲に影響されたんです。でもギル・エヴァンスが、《ロング・イエロー・ロード》が好きだ、あの曲は君にとても似ている、と言ったんです。自然に自分の持っている日本的なものが出ているんでしょうね」

 

さて、秋吉敏子といえば、73年にロサンゼルスで結成し、その後ニューヨークに場所を移して合計30年間続けてきたビッグバンドの話を訊いてみたいところだ。

「ロサンゼルスはジャズのアクティビティがあまりない土地で、ルー(・タバキン)のフラストレーションが溜まってきたんです。それで、以前君がビッグバンド用に書いた4曲をやろう、メンバーは僕が集めるから、と言ってビッグバンドが始まりました。だからあのバンドはルーが欲求不満にならなかったら始まらなかったんですね(笑)

ロサンゼルスとニューヨークでは、サウンドが違います。人間は気候にものすごく左右されるものだと思うんですね。あと、ロサンゼルスのミュージシャンはスタジオで仕事をするのが本業ですので、みんな技量が高くてお行儀がいいんです。ニューヨークのバンドはみんなジャズ・プレーヤーですので、譜面があまり読めないのもいたりしますけど、本当にジャズバンドらしい演奏をします。それでニューヨークで20年ビッグバンドをやりましたから、最初20代だったプレーヤーが40代になって、音楽的に成長したんですね。だから、ニューヨーク・バンドの最後のころは、本当にいいバンドだ、と思っていました」

では、そのビッグバンドを解散した理由は?

「ジャズ・ミュージシャンというのは、自分がソロを弾いているときがいちばん幸せなんですよ。だけど自分のビッグバンドでは、他の人にソロをとらせるために、自分のピアノ・ソロ・パートは極力少なくしていました。それで30年やっていて、ピアノをもっと弾きたい、という気持ちがふくらんできたんです。それに、ビッグバンドはお金がかかるから、大都市のホールでしか演奏できません。でもジャズ・ファンは世界中のいろんなところにいて、その方々のおかげでわれわれの生活が成り立っていくんですね。ソロだったらどんなところにも身ひとつでいけるし、ピアノを弾きたいという欲求不満も解消できるし、呼んでくださる方の経費も少なくてすむし、ということでソロ・ツアーが始まったわけです。

ピアノは、演奏することによって自分のスタイルをより深く追究することができるんです。2009年の3月に、ケネディ・センターでトリオのコンサートをやりまして、そのトリオでは、かつてビッグバンドのために書いた《孤軍》や《すみ絵》のようなエフェクティヴな曲をやってみようというチャレンジをしています。

私はジャズの作曲家で、映画音楽はやらないんですね。16人のビッグバンドでも、メンバー各自の個性や欠点がわかるので、それを考えて曲を書くことができる。トリオはそれ以上に自由に演奏できるところがいいんです。ソロやトリオでピアノをたくさん弾くようになって、以前より少しはいい演奏ができるようになったかな、と思っています」

『タワーレコード インストア・イヴェント』
5/19(水)19:00〜 ミニコンサート&サイン会
会場:タワーレコード渋谷店6Fクラシックフロア

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年05月10日 20:30

更新: 2010年05月10日 20:41

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 村井康司

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