インタビュー

Chiara Banchini

自身の団体を率いて初来日したバロック界の生きる伝説

キアラ・バンキーニはいわば〈伝説の人〉である。モダン・ヴァイオリン奏者として学んだ後に、シギスヴァルト・クイケンと出会い〈ピリオド・スタイル〉のヴァイオリン奏法を始める。モダンで磨いたテクニックに熱心な努力が加わり、彼女はすぐに当時のバロック・ヴァイオリンの重要な奏者となった。クイケン兄弟、レオンハルト、アーノンクールなど錚々たる面々と共演を重ね、彼らの初期の録音にもほとんど顔を出した。1981年には自身の〈アンサンブル415〉を結成して活動を始めた。そんなに素晴らしい人々と共演していたのに、なぜ自身のアンサンブルを? と尋ねた。

「当時、ちょうど妊娠してしまって、長いツアーに出ることが出来なくなったのです。それでジュネーヴで自分で活動する団体を作ったんです。ジュネーヴ音楽院の先生達も応援してくれたので。しかし、ジュネーヴにアーノンクールがやって来て、一緒に演奏しても、聴衆は数十人。ほんとにまだ古楽を聴く人は少なかったのですよ、当時は(笑い)」

彼女と彼女のアンサブルが開発してきたレパートリーはとても重要なもので、特にイタリア・バロックの知られざるレパートリーは豊富だ。今回の初来日ではスペインで活躍したボッケリーニを取り上げた。

「特にイタリア・バロックだけを取り上げようと思ったのではなく、例えばヴィヴァルディの『四季』のように、すでに誰でも知っている作品を取り上げるのは止めようと思っただけです。特にこのアンサンブル415を始める時は、ボローニャの図書館に何ヶ月も通い、そこに保存されているバロック期の楽譜をたくさん見ました。他の都市でもそうですが、図書館に眠っている楽譜は膨大にあり、まだほとんど整理されていないんですよ」

面白いエピソードとして彼女が教えてくれたのがトマゾ・アルビノーニの場合。

「有名な研究家であるジャゾット(『アルビノーニのアダージョ』の作・編曲者として知られる20世紀の研究者)が実は数多くのアルビノーニの楽譜をコレクションしていて、彼の死後、彼の息子がアメリカに移住してしまったために、現在はそのコレクションを見ることが出来ないのです。そこには知られざるアルビノーニの作品がたくさんあるはずなのですが」

研究熱心な彼女の下からは、ビオンディなど現在のバロック演奏界を支えるヴァイオリニストが数多く登場した。現在はさらに研究を先に進めている。

「特に古典派から初期ロマン派の時代のヴァイオリン奏法に関しては、分かっていないことが多いのです。19世紀になるとまったく楽器のスタイルも奏法も変わってしまいますが、その移行期は難しい。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタがどんなヴィヴラートで演奏されていたのか、まだ謎のままです。それれらを解明して、演奏して行きたいと思っています」

彼女の研究によるベートーヴェンなど、ぜひ聴いてみたいものである。


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年05月30日 20:33

更新: 2010年05月30日 20:41

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 片桐卓也