インタビュー

David Matthews (Manhattan Jazz Orchestra)

MJO結成20周年。生誕100周年のベニー・グッドマンに捧げる新作

ビッグバンドの雄、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ(MJO)は結成されてから今年で20周年を迎える。そして、生誕100周年を迎えたのが、1930年代後半から自身のビッグバンドを率いて活躍した〈キング・オブ・スイング〉ベニー・グッドマンだ。そのスイング・ジャズの王様に捧げる、という趣旨で誕生した新作『シング・シング・シング2010』は斬新な感覚をたっぷりと盛り込んで現代に蘇生されたグッドマン・ミュージックがすこぶる楽しく、刺激的だ。アレンジを担当したデビッド・マシューズに話を聴いた。

「ベニー・グッドマンの音楽をMJOのサウンドで表現する、というイメージが、じつは浮かんでこない時期もあったんだ。ところが、グレン・ミラーの音楽をMJOでレコーディングすることになり、いろいろとアプローチしていくうちに、グッドマンの音楽のマテリアルに、もしかして何かフレッシュな光を当てることができるかも、と、思いついたんだ」

新作ではマシューズのアレンジが冴えわたっている。たとえば、冒頭に収録されている《シング・シング・シング》では、仕掛けの多いスリリングなリズムをはじめ、サウンド全体に一筋縄ではいかない彼のマジックが施されていて、グッドマン・ミュージックに予定調和なノスタルジーを求めようとする欲望を見事に砕いてしまう。

「じつは、アレンジには時間がかかったんだ。すでに、以前、この曲をレコーディングしていたしね。グッドマンのオリジナルのことも、過去にレコーディングした時点での私の経験、記憶もすべて払拭して、まったく新しい、異なる視点を探すことが必要だった。今度のバージョンは、現時点での私の音楽的経験と創造性を駆使して生まれたものといっていい」

2曲目の《ドント・ビー・ザット・ウェイ》は軽快で、しかも力感がみなぎり、スイングする演奏がとても楽しい。出色なのは、グッドマンが愛したバラード、3曲目の《メモリーズ・オブ・ユー》と7曲目の《グッドバイ》だ。この2曲で今回生み出されたサウンドは幻想的だ。サウンドの色彩が幾重にも織り込まれていて、その豊かな色彩感が聴く私たちを不思議な高揚感へと誘う演奏だ。

「どちらの曲も、今回のレコーディングの私の個人的なお気に入りなんだ。たとえば、《メモリーズ…》では、演奏の途中で音楽の基調がほとんどシンフォニーのように変化していくところがある。そして、この演奏の、ある局面では、ソロのパートとアンサンブルが曲全体の和声の変化に基づいていないことに、これを聴くリスナーは気づくかもしれない」

ソロとアンサンブルの融合と対比、あるいは全体の和声の進行…。それらはすべてが複雑に入り組んでいながら、そこに聴けるのは独創的で優雅なビッグバンド・サウンドの響きだ。各奏者のソロも機知に富んでいる。筆者は、特にこの2曲に、ギル・エヴァンス・オーケストラにも通じる、音楽的に深くて神秘的な何かを感じた。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年06月02日 11:00

更新: 2010年06月04日 20:34

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 上村敏晃