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インタビュー

水野均

「カザルスホールのオルガンの音を残したかった」

カザルスホールのオルガンは何度も聴いている。だが、これほどこの楽器の良さを生かした録音はこれまでなかったのではないか。バッハにおけるオルガンの〈うた〉が、からみあう〈フーガ〉の熱が、そして楽器そのものへの愛情が、水野均の新譜には刻印されている。

「録音では、この楽器の音を残したいという想いの方が、演奏家として何かを主張するという以上に強かったんです。カザルスホールは先がみえない状況なので、録音できるうちにこの音をCDとして残し、皆さんに聴いてほしかった。水野均によるバッハの集大成を形にする、そして、この楽器のいろんな音色を聴いてもらいたいと、音色の特徴を生かせる作品を選んでいます」

CDでの驚きは、フーガのひとつひとつの線、ひとつひとつの音がはっきりしていることにある。

「僕はイタリア音楽を勉強して、音楽の横の流れを勉強したうえでバッハの作品に向かったので、フーガであっても多声音楽的に横にみているので、4声あるとしたら4声すべてに神経を行き届かせようとしています。そういう意識をもって練習しているし、そういうふうに聴こえるように弾こうという努力をじつはしています」

そういう考え方は、一般的ではない?

「両手両足を使って、しかも鍵盤を3段みているわけです。その状態で、曲の主題とか対旋律まで考えながら果たして本番で弾くことができるか。人間ってそんなに頭よくないと思うから、ここにきたらこれを聴かせる、別のところにきたらこれを聴かせるというポイントがあると思う。それは弾くテンポであったり、呼吸であったりするのですが……。それが自分に聴こえる、あるいは観客に届けられているなと背中に感じるものがあれば、うまくいっていることがわかります」

「僕はこの楽器と長年関わっているから、どう扱ったらどういう表現ができるかがわかります。自分で録音したものを聴き、音の聞こえ具合を確認しながら弾いている。僕たちオルガニストは楽器を選べないので、すべての演奏家が長年携わった楽器を弾けるわけではありません。行った先の楽器ですべてを表現できるかというと、それは難しい。行ってみたら選曲ミスだったということもありえます。反対に、本当はこういう音で弾きたいけど、このオルガンの場合は違う音で弾いた方がいいということもあるかもしれない。僕らは楽器と一期一会なので。お客さんは作品のイメージを自分で膨らませて聴きにくるから、そうは思ってくれないんだけど(笑)」

3月末でホールが閉じた。オルガンの行く末はわからない。もしかすると、この録音が最後の音の記録になってしまうかもしれない。このホールのオルガニスト・イン・レジデンスとしての水野均は、楽器にいつも、「今日の調子はどう?」とご機嫌をうかがうところから始める、という。自らのものになりえない楽器と演奏家との親密さを、ひとはどれだけ知ることができるのだろう…。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年06月07日 11:00

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 小沼純一 (音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)