インタビュー

Steve Dobrogosz

控え目でありながら斬新なビートルズ解釈

PHOTO:Johs Boe

 

詩情豊かで艶やかな演奏が魅力のピアニスト、スティーヴ・ドブロゴスは、ジャズ・ピアニストとしてその地位を確立するいっぽう、ミサ曲などのクラシック現代音楽の作家としても評価されているという、ユニークな立ち位置のミュージシャンだ。アメリカのノース・キャロライナ州に生まれ育ち、クラシックのピアノを学ぶいっぽうでポピュラー・ミュージックにも親しんだ彼は、結婚を期に奥さんの故郷スウェーデンに移り住み、自身のカルテットやピアノ・ソロの他、早世したラドカ・トネフとの『フェアリーテイルズ』をはじめとする、北欧の女性ヴォーカリストたちとのデュエット作品にも力を入れてきた。クラシック作品にも声楽を取り入れたものが多く、そこには、自身を「満たされないシンガー」と呼ぶ彼の、歌を歌いたいという強い欲求が表れている。彼のピアノのメロディがよく歌うのも、そこに理由がある。

そんなドブロゴスの新作は、ソロ・ピアノによるビートルズ曲集『ゴールデン・スランバー』である。彼にとってレノン&マッカートニーは、昔からソングライターのアイドルだったそうだが、今回のアルバムが生まれたのは、5年ほど前に《I'll Follow The Sun》をピアノで弾いてみたところ、自分のソロ・ピアノのスタイルにぴったりだと気付いたのがきっかけだったという。

「それで、洒落のつもりでビートルズの他の曲も〈ピアノ作品〉になるかどうか試してみたんだ。そうしたら、あっという間にアルバム1枚分の曲が揃ってしまったというわけ。このプロジェクトのアイディアはそれからずっと棚上げになっていたけれど、2008年にソロ・アルバムの話が持ち上がった時にビートルズのアイディアを話したら、それでいこうということになったんだ」

専任のキーボーディストがいないビートルズの曲の中から、ソロ・ピアノに向いた作品を選んだということもあり、『ゴールデン・スランバー』はかなり風変りな内容の曲集になった。収録曲の中で、コアなビートルズ・ファンでなくとも広く知られているのはおそらく、《Blackbird》と《Don't Let Me Down》、《The Long And Winding Road》ぐらいだろう。しかも、演奏は基本的に曲のカヴァーというよりもむしろ、メロディに触発されて自由に展開されるピアノ・インプロヴィゼイションという印象だが、彼はある一線を越えないように努めたという。

「すでにこれ以上改善の余地がないほど完ぺきなポップ・ソングを〈ジャズ風に〉仕立て直すのは好きじゃない。だから僕は、曲の核心をしっかり把握して、ハーモニーに関しても、レノン&マッカートニーの流れを汲むソングライターとして許される範囲内で、自由を行使するように心がけたんだ」

結果として出来上がったものは、非常に繊細で洗練された演奏でありながら、どこか親しみの感じられる、今までになかったビートルズ曲集になっている。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年06月18日 16:03

更新: 2010年06月18日 19:03

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 坂本信