インタビュー

沖仁

今この一瞬一瞬を
濃密に生きるフラメンコに、
我々が学ぶもの
──沖仁インタヴュー

2000年、スペイン修行から帰国。日本を拠点に本格的なプロ活動をスタートして10年。名実ともにフラメンコギター界のトップランナー、沖仁の、スタジオ録音5枚目となる最新作が完成した。アラブ・アンダルシア興趣を湛える弦楽四重奏入り《プロローグ》は、パコ・デ・ルシアの《アルモライマ》を思わせる気迫のブレリア。軽妙ルンバ、ディープなシギリージャにタラント、むろん沖らしいなごみの旋律も満載だ。アルバム名は、『フラメンコギターで』を意味するスペイン語。動詞トカール〈tocar〉は、楽器全般を〈奏でる〉に用いるが、名詞トーケ〈toque〉となると、合図のラッパや鐘の音を除けば、純然たるフラメンコギター演奏に限定される。

「〈アル・トーケ〉は、ギターとカンテ(唄)、バイレ(踊り)だけの世界でしか通用しない言葉です。その言い方をわざとしているのは、フラメンコの原点、もともとの発祥の仕方を自分なりに見つめて、という意味も込めたから。フラメンコはすごく刹那的な音楽。長い時間軸で表現せず、一瞬一瞬で決めていく。起伏があって、でも最後、〈レマーテ〉の瞬間に全部凝縮される。独奏部分も歌詞も、伝統的にひとつずつブツ切れ。他のジャンルだと、20分の曲だったら、何かストーリー性を期待する。でもフラメンコは、一曲の中に何度も締めがきて、一回ごとに完結させる。もう、言い訳のできないひとつの塊として、終結させていく。フラメンコには、時間の凝縮のされ方、密度の濃さがはっきりあって、その緩急が、気持ちよさと密接に関わっていると思うんです」

〈レマーテ〉とは、とどめを刺すという意味。いささか物騒な言い回しだが、〈刹那的〉たるゆえんが、ここにある。断章の完結で解放されるごとに、演者と聴衆が、ぐぐっとつめていた息を一気に吐き出すのだ。

「そう、そこで、オレー!と、かけ声が入る。だからフラメンコって、オレー!に向かって進んでいくものなんです。その、締める瞬間というのが絶対に不可欠で、それを省いていったら、どんどんフラメンコから遠ざかっていくはず。しかもそれを、みんなで同じリズムを刻むところがポイントで、独りじゃ決してできない」

幾度となくとどめを刺されても、なお次なる感興の高みを求め、再生を繰り返す……まるで生の縮図のよう。

「何というか……僕らみたいに時間を水で薄め、長く引き伸ばしているような感じ……すべて先延ばしにし、平均化、デジタル化された、今の日本人の感覚や生活スタイルから、すごく遠いのがフラメンコだと思う」

では沖は、日本人の対極にある慣習を、決してとっつきにくいものではないのだよと、布教しているのか?

「いえ、フラメンコが特別じゃないという文脈で作っていたのは、ちょっと前まで。ポップス的な歌ものにフラメンコギターを入れてみたり、普段みなさんが聞いてる音楽に近いでしょ?と、アプローチしてきた。今は、むしろ逆。今の日本、特に大都市においては、それぞれの人間性をできるだけ殺していかないと、日常が送りにくい。みんなが息を殺しているから、円滑にいろんなことが回っている感じ。そのフラストレーション、僕らはモノじゃなくて人間なんだぞ、という叫びがあるはず。フラメンコは、人が人でありたいと願う叫びそのものです。そんな社会の中で、フラメンコ音楽の持つ力のようなものを、誰もが潜在的に欲しているんじゃないか……だとしたら、すべての人に問いかけるため、迷わずフラメンコ性を打ち出したほうがいいと思ったんです」

異ジャンル融合のアレンジをアルバムごとに結実させ、プロデュース術でも非凡な才をきらめかせてきたギタリストは、ここにきて初めて、フラメンコにフォーカスした活動を意識したそうだ。じつに……意外だった。

「ひとつ大きなきっかけが、師匠セラニートとの共演でした(※07年録音の前作『十指一魂』で1曲共演、09年の来日公演でも師弟共演が実現)。やっぱり彼は素晴らしかった。もう60代半ば過ぎて、一回脳梗塞か何かで指が動かなくなり、1年ぐらいブランクがあった。そこからカムバックして、今は現役。そんな姿を目の当たりにして、フラメンコギターは、一生かけてやるに値するものだと、初めて思った。一生やっていきたい、それだけ豊かな世界だと、セラニートの背中を見て感じた」

エレキギター、クラシックギターへのアプローチを経てきた沖の確信は、原産地もののコピーにとどまらぬ、フラメンコギタリストとしての覚悟でもある。最新作には、核心フラメンコ曲、メロディメーカー沖の自然な佳品に加え、大儀見元との闊達なセッション、メッシ選手の声「オラ、フェルナンド!」が脳裏に甦る、高速ドリブルばりのウイイレCM曲も新ヴァージョンで登場する(なーんだ、彼の曲だったのかぁ)。深遠なるフラメンコへのいざないは、嘘偽りのない生への渇望、叫びなのだ。オレー!、JIN!

『沖仁 "Al Toque" Tour 2010』
8/27(金)19:00  大阪 ザ・フェニックスホール
8/28(土)1st16:00/2nd 19:00  名古屋ブルーノート   
9/11(土)17:00   東京 草月ホール

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年06月29日 11:58

更新: 2010年07月08日 12:34

ソース: intoxicate vol.86 (2010年6月20日発行)

interview & text : 佐藤由美