インタビュー

小澤征爾

生誕75周年記念盤、
ブルーレイも
続々リリース!
──NHK小林悟朗ディレクター インタヴュー

正直言うと、私もブルーレイ・ディスクの魅力をまだまだ知らない人間である。すなわち「DVDで充分なんじゃない?」という根拠無き偏見によって、これまでブルーレイのソフトにはあまり触手を動かしてこなかった。しかし、今回NHKエンタープライズのご好意で、都内の某視聴室においてDVDとブルーレイのソフトの見比べ、聴き比べを体験してみて、やはりブルーレイの圧倒的な優位性を感じざるを得なかった。

今回NHKエンタープライズからリリースされるのは『小澤征爾 75th Anniversary ブルーレイBOX』である。これまでNHKが収録して来た小澤征爾指揮による様々な公演を4枚組にしたもので、さらに特典ディスクも付いてくる。この中で2009年のサイトウキネン・フェスティバルで収録されたブラームスの交響曲第2番を、それぞれDVDとブルーレイで試聴した。最高の機材を集めた試写ということもあり、画像も音もその差は歴然としていて、ブルーレイの情報量の多さにはびっくりしてしまう。楽器のクローズアップ画面では、それぞれの楽器の質感までが見事に再現されている。音質に関しても、5チャンネル・サラウンド、リニアPCMによる臨場感は、会場の空気の揺らぎまでを感じさせるほど繊細なものだ。その環境で小澤さんの指揮をじっくりと再体験するのは、ライヴを聴くのとはまったく違った次元の音楽体験と言っても良いだろう。

今回BOXに収録されているのは、1989年から2009年までの小澤征爾指揮による公演。ボストン交響楽団とのサントリーホールでのベートーヴェン《交響曲第7番》(1989年)に始まり、そのボストン交響楽団との最後のコンサートとなったマーラー《交響曲第9番》(2002年)が1枚にまとめられている。巨匠チェリストであったロストロポーヴィチの『ドン・キホーテ』(2002年に放送されたもの)を含む1枚も貴重な記録で、さらに 2008年のサイトウキネン・フェスティバルにおけるヤナーチェクの歌劇『利口な女狐の物語』、そしてブラームス《交響曲第2番》とショスタコーヴィチ《交響曲第5番》を1枚にまとめたものの構成になっている。

ボストン交響楽団との最後の演奏会となったマーラーの《第9番》は今回のブルーレイ化によってその印象が一変した好例。

「テレビ放送時には、ボストンのシンフォニーホールでの咳などのノイズが非常に多く入っていて、一部では不評だったのですが、その原因は現地の録音担当をしているエンジニアが、特に第4楽章などの音量の小さな部分で、録音のレベルを急にあげてしまい、会場の雑音を多く拾ってしまった事が原因だったと分かりました。今回はそのレベルを全部修正してありますので、実際の演奏会に近い状態で演奏を体験することが出来るようになっています」(NHKの小林悟朗ディレクター談)

その丁寧な復元作業によって、小澤さん入魂のマーラーがここに復活した。これは非常に貴重な記録となるだろう。

ブルーレイ・ディスクによって何が特に大きく変化するのか。それは音楽そのものにじっくりと向き合うことが出来るという事だ。

「これまでの音楽番組の映像作りは、その楽器の音がする時に、その楽器をクローズアップして画面に変化をつけ、その楽器をいかに美しく撮るかという点が評価されて来ました。しかし、ブルーレイ・ディスクによる映像と音の情報量の豊かさならば、あえてクローズアップを多用しなくても、充分に音楽的な表現ができると思います」(小林さん)

ということで、あえてオーケストラ全体の〈ひき〉の絵作りにこだわったのが、すでにリリースされて好評の小澤指揮ベルリン・フィルによるチャイコフスキー《悲愴》(2008年1月)である。画面全体から流れてくる流麗なオーケストラ・サウンドは、音楽ソフトの新しい可能性を示すものとして、海外の批評誌でも高い評価を受けている。

「ブルーレイ・ディスクの情報量、画面の大きさによって、実際にコンサートに出かけて行った時に近い音楽体験が、家に居ても可能になると思います。私たち制作者のすべきことは、とにかくこのフォーマットの可能性を最大に引き出しておくこと。家庭ではどんな形で楽しんで頂いても構わないけれど、ソフト作りの上流では常に最高の画質、音質を追求して行かなければならないと思います」(小林さん)

特典ディスクには小澤指揮NHK交響楽団によるベートーヴェン《運命》の演奏などが収録され、サイトウキネンのブラームス第2番では、第3楽章が丸ごと小澤専用カメラの映像でその指揮ぶりをつぶさに見ることが出来る。これも希有なこと。今回のBOXによって、クラシック音楽の楽しみ方の新しい次元を発見できるに違いない。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年07月05日 17:48

更新: 2010年07月05日 17:58

ソース: intoxicate vol.86 (2010年6月20日発行)

interview & text : 片桐卓也