Vijay Iyer
人間と音楽の繋がりを科学するピアニスト
©by: ACT / Jimmy Katz
2009年のトリオ作『ヒストリシティ』が、数多くの海外メディアによって年間ベスト・ジャズ・アルバムとして選出され、注目を集めるひとりのピアニストがいる。
71年ニューヨーク生まれのインド系2世ピアニスト、ヴィジェイ・アイヤーは、ピアノに関しては、ほぼ独学、ジャズに関しても、フォーマルなトレーニングは受けたことがないというユニークなバックグラウンドをもつ。
「幼少の頃からピアノには触れていたけど、クラシカルなレッスンは受けたことがないんだよ。高校生の頃に初めてジャズのアンサンブルに参加して、インプロヴィゼーションに興味を持ち出したのもその頃だと思う」
アメリカ東部の超名門エール大学で数学と物理を修了し、西海岸カリフォルニア大学バークレー校に移り、博士課程の研究を進める中で、彼の好奇心は、認知科学の視点から、音楽へと向かうようになっていった。
「アカデミックな研究の過程で、当時カリフォルニア大学サンディエゴ校で教授をしていたジョージ・ルイス(フリージャズ/インプロ系トロンボーン奏者で音楽教育者・研究家)に出会い、彼が僕の博士課程の研究のアドヴァイザーになったんだ」
数学や物理のバックグラウンドのあった彼にとって、それらのコンセプトと音楽を結びつける上で、さらなる運命的な出会いが訪れたのもちょうどこの頃であった。
「94年の秋にバークレー校でスティーヴ・コールマンがワークショップを始めるようになって、彼のアシスタントをやったりした。そのうち彼のツアーに参加するようになり、6年くらいは彼のもとで活動を共にしたんだ」
フィナボッチの数列、黄金比率、ドビュッシー、バルトーク、パーカー、コルトレーン……過去の音楽遺産を独自の視点で捉え直し、新たな音楽をクリエイトするという流儀において、彼らはまさに共感しあった。
2000年以降、ヴィジェイは、トランペット奏者ワダダ・レオ・スミスの様々なユニットや詩人のマイク・ラッドやアミリ・バラカとのコラボレーション、自身のユニットなど、本格的に音楽家としての〈フィールドワーク〉を開始する。
「詩人とのコラボレーションでも、ラップトップ・ミュージックでも、オーケストラ作品でも、いろんなシチュエーションを僕は楽しんでいるし、それらが、トリオやソロでのプレイに新しい視点を与えてくれるんだ」
11歳のときに手に入れたマイケル・ジャクソンのアルバムに収められていた《ヒューマン・ネイチャー》のカヴァーが冒頭を飾るソロ・ピアノ作『デビュー』、その解釈はやはりとても新鮮だ。マイケルも、エリントンも、スティーヴ・コールマンも、ジャズのスタンダードも、硬質で力強いヴィジェイのピアノが響かせるサウンドは、すべてを飲み込んで、壮大なストーリーを楽しませてくれる。明晰な洞察力に裏打ちされ、独自の視点で鍛え抜かれた88鍵との親和性…コンテンポラリーなジャズピアノの新しい1ページが、いまここに開かれる。