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インタビュー

Amon Tobin

アモン・トビンが見据える新しい楽器のかたち
  「全ての素材は音を出す楽器になりうる」

アモン・トビンという名前に懐かしさを覚える人も多いだろう。97年にリリースした傑作アルバム『Bricolage』において、高速化したブレイクビーツにあらゆる音楽素材を投げ込み、その名のとおりサンプリング・コラージュの美学をドラムン・ベースというフォルムに昇華してみせたブラジル出身のプロデューサー。その後もマイペースながらリリースを重ね、最近はダブ・ステップのプロジェクト、トゥー・フィンガーズでのリリースでフレッシュなインパクトを与えることにも成功しているが、正直なところ『Bricolage』を超える作品には出会えないでいた。だが、この新作『ISAM』は違う。『Bricolage』とは異なる手法と響きを遂に手に入れたのだ。

07年の前作『Foley Room』から導入されたフィールド・レコーディングがサウンドの肝になっている。その興味についてはアモン・トビンの言葉で紹介しよう。「僕は音がどこからくるのか(音源)ということよりは、音を加工することの方に興味を持っていて、音を自分でコントロールするということがしたかった。それを可能にしてくれるのがFoley Room(音響スタジオ)だった。様々な周波数やテクスチャーを融合させて新しい音を作る。周波数やトーンのレイヤーを組み合わせて新しい音を作る。それが始まりだった」

だが、同じフィールド・レコーディングから作られたものでも『ISAM』の出来は格別だ。それはこれまで軸としていたビートからも自由であるからだ。かくして、まるで池田亮司のサイン波とデレク・ベイリーの不協和音が、リュック・フェラーリのミュージック・コンクレートとジェイムス・ブレイクのボトムが出会ったかのような幾重ものレイヤー構造が織り成す響きの空間が作られた。

「全ての素材に対して平等の扱いをするという概念に達した。なぜなら全ての素材は音を出す楽器になりうるから」

その正しい実践が『ISAM』だ。リズムからも自由になり、基礎物理学を元に楽器を作り出す音響モデリングを学び、響きの構造を探求した。しかし、「コンセプチュアルなアルバムを作ろうとしたわけでも、知的な表明とか学問的な研究をしたかったわけでもない」と明言する。それは、『Bricolage』の頃から没頭してきたサンプリングというメソッドに代わるものを見出したということなのだ。サンプリングが築きあげてきた文化、すなわち、過去の音楽的な文脈と、その偶然的な接合から生成されていく新しい音楽的な文脈を楽しむことは、現在の音楽の潮流を作ってもきた。アモン・トビンもその恩恵に預かり、その文化を推し進める一翼を担った。しかし、『ISAM』と現在のアモン・トビンがフォーカスするのは、完成された文化とその文脈ではなく、音そのものへの興味だ。

「僕は今、音を合成的に作り出すという作業により興味を持っている。そのことに夢中だ。音を合成する可能性は本当に深いもので、実在しない音の相互作用が体験できる。その相互作用は純粋なもので、音が毎回同じような表現をするというような、予め定められたものではない。アルゴリズムや物理学によって音の出方は変わってくる。本当に驚くべきことだ。理解できないようなものを聞いた感じがするけど、実際にその音の組合せは存在している。理解するのは難しい組み合わせの音なんだけど、僕はそんな音に興奮させられる」

もちろん、彼は音響物理学者になりたいわけでも、楽器製作者になりたいわけでもない。『ISAM』を聴けば明らかだが、ここで探り当て合成した音は、過去の音楽の記憶をも合成し、そのフォルムを重ねあわせていく。不可思議な音が馴染み深いフォルムをまとう瞬間に、音楽への理解と共感は生まれる。『ISAM』はその瞬間を録音したものだ。ちなみに、音の加工処理にはKYMAというプログラムが用いられているが、そのプログラミング言語を学ぶことにも大きな影響を受けたという。フィールド・レコーディングも素材集めのための一つの手段にすぎず、集めた音を演奏可能な音として響かせること、つまり「物理的なパラメーターを元にヴァーチャルな楽器を作ること」が次なるプロセスとなる。

アモン・トビンも多くのトラックメイカーの例に漏れず、既成の楽器を演奏することには長けてはいない。しかし、「フィールド・レコーディングや音響モデリングといった様々な種類のテクニックを交差させて、演奏可能な楽器を作ること」は可能だ。そして、そのことは、非ミュージシャンであるトラックメイカーの立場をミュージシャンに転換させる可能性を秘めているということだ。

『ISAM』は聴く者にその示唆を与える。アルバムには弦の響きに聴こえる音が多く含まれていることに気が付くだろう。これは、「バンジョーを弾いているときのような、弦をかき鳴らした感じの音」に魅力を感じていた結果なのだという。そして、ゆるい弦の楽器をヴァーチャルに発明し、それを未来的に響かせた。こうしたプロセスを次々と実践しながら出来上がった音楽に、いまだミュージシャン/非ミュージシャンの二項対立は有効だろうか?

※アモン・トビンの発言はすべて筆者によるインタビューより

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年05月13日 14:19

更新: 2011年05月17日 21:21

ソース: intoxicate vol.91 (2011年4月20日発行)

interview & text : 原雅明