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インタビュー

吉井和哉 『The Apples』

 

ソロでの活動も10年を超え、とうとう叶えた〈夢〉。酔いも甘いを噛み分けたロックスターが、改めてロックの初期衝動をぶつけたこのアルバムに込める思いとは?

 

永遠の中学3年生みたいな

「今日アルバムが完成したんですけど、〈夢が叶った〉って自分のサイトのBBSに書いたんですよ。ポロッとこういう言葉が出てくるまでは、結構長い道のりだったなって」。

取材が始まってすぐ、吉井和哉はこんなふうに話してくれた。通算6作目、作詞/作曲/アレンジはもちろん、ドラムも含めたほぼすべての楽器演奏も自身でこなしたニュー・アルバム『The Apples』は、長きに渡る自分との戦いの末に掴んだ、まさに彼の夢が実現したアルバムなのだそう。

「自分の呼吸だとか、自分から発せられる音で全部作りたいっていうのがずっとあって。僕が作るメロディーと言葉と音って、ホントにバランスが取れてないと成り立たないというか、どんなに上手い人の演奏でも、ちょっと違う〈気〉みたいなものが入ると〈今回は違うな〉と思ったりして。あとはバンドでずっと育ってきたんで、バンドで作んなきゃいけないって思い込んでたんですけど、でもいま僕バンドじゃないから(笑)。ちょっとエレクトロニカみたいな気持ちでバンドをやってみようと、自分で叩いた生ドラムを打ち込んだんです」。

彼がほぼ一人でアルバムを制作するのは、2004年にYOSHII LOVINSON名義で発表した初のソロ作『at the BLACK HOLE』以来(ドラムはゲスト・ミュージシャンによるもの)。その後はサポート・メンバーを迎えたバンド編成でレコーディングが行われ、前作『VOLT』では初めてメンバーを固定し、ソロ・アーティストである吉井和哉のベーシックがついに固まったように感じられたのだが、彼の頭の片隅には常に、『at the BLACK HOLE』にリヴェンジをしたいという思いがあったのだという。

「僕が一人になった2000年ぐらいって、ロックが一度なくなったような気がしたんですよ。周りのバンドはみんな解散して、一方では若くて勢いのある人たちが出てきて、自分としてもエンターテイメント、ショウビジネスに嫌気が差しちゃった時期だったから、『at the BLACK HOLE』は100%ガッツポーズのできる作品ではなかったんです。でもだんだん回復して、今回のタイミングで〈やっぱりロックは最高だ〉〈自分はこれでこれからも生きていくんだ〉ってことを示さないとまずいと思って」。

そんな気持ちで制作された新作には、若き日の吉井が憧れ、自身のルーツとなっているアーティストや作品からの影響が直接的に感じられる楽曲が揃っている。実際に当時のアーティストが使っていたヴィンテージの機材を用い、心から楽しんでレコーディングが行えたのだという。

「自分にとっては〈中学生アルバム〉だと思ってて。永遠の中学3年生みたいな、ロックを知った日に戻って、ホントに自分が影響を受けたものしか出さないっていう。ビートルズもそうだし、ビートルズが影響を受けた50年代のロックンロールとかブルース、カントリーも改めて最近素晴らしいと思うようになって、同時に70年代後期のニューウェイヴとかもやっぱり好きで、とにかくそういうものを全部混ぜてみようと」。

 

平等に勝利と敗北は訪れる

詳しくは別項に譲るが、グラム・ロックやニューウェイヴ、昭和歌謡、フレンチ・ポップに至るさまざまな要素がミックスされた音楽性は、まさに〈THE吉井和哉〉といった印象を受ける。なかでも『The Apples』というタイトルや“プリーズ プリーズ プリーズ”といった曲名をはじめ、随所にそのオマージュを感じられるビートルズが本作の軸のひとつとなっていることは確かだろう。

「(昨年の)10月ぐらいにEMIからビートルズのリマスター盤のリリースがあった時、改めてビートルズのDVDボックスを観たんですね。わかっていたはずなのに、〈ビートルズってこんなにカッコイイんだ〉と思って。63年ぐらいの、ホントにイケイケの頃の佇まいとか、いまのバンドと何も変わらないし、むしろいまのバンドのほうがカッコ悪いぐらい。スタイルも顔もいいし、演奏も上手いし、曲なんて奇跡の塊じゃないですか? 僕は中学3年生の時に同級生の女の子に告白して失恋して聴いたのが“Help!”だったんですけど、そのときからジョン・レノンに助けてもらってるんで(笑)」。

さらに、本作の数少ないゲスト・ミュージシャンの一人としてthe telephonesの石毛輝が参加し、ストーンズ風のロックンロール・ナンバー“VS”にシンセとプログラミングでモダンなテイストを加えているほか、昨年はEMIと縁の深いスタジオ〈studio TER-RA〉に贈られたナンバー“EMI”の歌詞をRADWIMPSの野田洋次郎と共作するなど、若手との交流が増えつつある。このように、下の世代に対する目線も2000年の頃といまとでは大きく異なるという。

「2000年頃っていうのは、若い人たちのパワーにすごく怯えていたんです。でもいまその人たちが30代半ばになって、結構悩んだりしてるんですよね。やっぱり平等に勝利と敗北は訪れるんだなって。だから若いバンドも35歳ぐらいになったら絶対に何か起こるはずだから、いまがんばって稼いどけと思うし(笑)、いっぱいいっぱいファンを感動させろって思うんです」。

〈平等に勝利と敗北は訪れる〉——それはTHE YELLOW MONKEYからYOSHII LOVINSONを経て、吉井和哉へと至る長いキャリアのなかで自分自身と戦い続け、たくさんの勝利と敗北を味わいながらも、〈夢が叶った〉と言えるアルバムを完成させた現在の彼だからこそ言える、実に重みのある言葉だと思う。もちろん、この戦いはこれからも変わらずに続いていくのだろう。しかし、〈いつまで続くんだろう?〉ではなく〈これからも続くんだよ〉という肯定的なフィーリングを感じられるのが、『The Apples』の何より素晴らしい部分ではないかと思うのだ。

 

▼関連盤を紹介。

左から、YOSHII LOVINSONの2004年作『at the BLACK HOLE』、吉井和哉の2009年作『VOLT』、『The Apples』の先行シングル“LOVE & PEACE”、the telephonesの2010年作『We Love Telephones!!!』、RADWIMPSの2011年作『絶体絶命』(すべてEMI Music Japan)、2009年のTHE YELLOW MONKEYのトリビュート盤『THIS IS FOR YOU ~THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM』(ARIOLA JAPAN)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年05月30日 17:03

更新: 2011年05月30日 17:03

ソース: bounce 330号 (2011年3月25日発行)

インタヴュー・文/金子厚武