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インタビュー

長富彩

愛と祈りに焦点をあて、リストの新たな魅力に迫る
「リストの人生と音楽に強い共感を覚えるようになった」

リスト生誕200年のメモリアルイヤーには数多くのリスト・アルバムが登場しているが、リストをもっとも得意とし、「自分の本質がリストに近い」と感じている長富彩も、聴きごたえのあるリスト・アルバムを完成させた。題して『リスト巡礼』。録音にはリストの多面性を表す作品が選ばれており、それらひとつひとつの作品を通してリストを巡礼するという意味と、代表作のひとつ《巡礼の年》のタイトルの意味合いも含まれている。
「私は昔から何を弾いても本能で演奏するので〈リスト節〉になってしまい、高校生のころには先生からショパンを弾いてもベートーヴェンを弾いても、みんなリストに聴こえるといわれたほどです(笑)。でも、本当にリストが好きですから、いつかリストのアルバムが録音できたらうれしいと夢見ていたほどです。それが記念の年にこうして出来上がって、感無量ですね」
今回はリストのさまざまな面を表現するべく、選曲には時間をかけた。
「どうしてもはずしたくなかったのは、《孤独のなかの神の祝福~詩的で宗教的な調べ 第3番》《糸を紡ぐグレートヒェン》《超絶技巧練習曲集 第10番 熱情》です。リストの多面性が表現でき、超絶技巧だけではない、愛と祈りなど内面性が重視されている作品ですから。もちろん、高校生のころまでは私もリストは本能で弾いていたため、はなやかな技巧とカッコよさなどに惹かれていました。弾いていると気持ちがいいんですよね。でも、勉強を続けていくうちに、それだけではない深い部分に気づいたのです。私は自分をバーンとぶつけることができる作品が好きで、リストはそれが思う存分にできるから大好きなんですが、最近はより内面にあるもの、音のこまやかな響き、どの音もむだにせず音色をていねいに作っていくことに主眼を置くようになりました」

彼女の話のなかには、〈本能〉ということばがよく登場する。以前は、まさに〈本能〉の赴くままにピアノを弾いていた。しかし、いまはそれに加えて作品の内奥に迫る強い思いとその大切さを痛感するようになった。
「私は一筆書きの絵ではなく、点描画のように小さなトリル、ピアニッシモ、なにげない内声部などをひとつひとつ押さえていく奏法をとっています。でも、そろそろそれを変え、守りの姿勢からもっと異なる方向へと変化させていきたいと思っています。というのも、今回のレコーディングのときに、好きな曲ほどうまく弾けないという壁にぶつかってしまったからです。《愛の夢 第3番》と《ラ・カンパネラ》の2曲が、どうしても気分的にノルことができず自然な演奏ができない。どうしてだろうと考え始めると、どんどん考えすぎてもっと弾けなくなる。ディレクターはそんな私の性格をよくご存じなので、うまくリラックスさせてくれ、ようやく最終日になって本来の自分が出せるようになりました。その気分のノリを失いたくなかったため、それから全曲もう一度弾かせてほしいと頼み、ほとんど全部の作品を弾き直し、それが録音に使われることになりました。これを機に、自分の考えを少しずつ変えていきたいと考えています」

長富彩はデビュー・リサイタルからリストを披露してきた。ハンガリーのリスト音楽院で学び、リストがもっとも心に近い作曲家と明言する彼女の演奏は絶賛され、特に《ラ・カンパネラ》はひらめきに満ちた創造性に富む音楽だと高い評価を得た。もちろん《愛の夢》も長年の愛奏曲で得意中の得意とする曲。その2曲が、レコーディングでは最初うまくいかなかった。それを乗り越え、最終日にようやく到達した納得のいく演奏。これがまたリスト好きに拍車をかけることになる。


「リストははなやかな人生を送った人ですが、多くの苦難も経験しています。私もこれまでいろんな経験をするなかで、そんなリストの人生と音楽に強い共感を覚えるようになりました。今後はショパン、シューマン、ベートーヴェン、シューベルト、スペイン作品、ロシア作品などを弾いていきたい。いまチェロとのデュオも行い、奏者とともに呼吸するという大切さを学んでいます」


彼女は本音で物をいう人。率直な語らいは演奏にも通じ、このリストも聴き手の胸の奥にストレートに響いてくる。何の虚飾も気負いもなく、ごく自然体で。子どものころからキーシンが大好きで、「彼のお嫁さんになりたかった」と笑う彼女は、2年前までショパンは「繊細すぎて好きではなかった」。ところが勉強を続け、本番を繰り返すうちに内面に近づき、大好きになった。キーシンのショパンもよく聴いている。東日本大震災後は、「いまを大切に生き、いまの自分の音楽をきちんと残す」ことを考え、1回1回の演奏に全力を傾けている。このリストにも、そうしたひたむきでナイーブで情感豊かな性格がみずみずしい歌となって映し出されている。

 

『タワーレコード渋谷店6F  CLASSICAL FLOOR』
長富彩(ピアノ)ミニライブ&サイン会

7/24 (日)   15:00

●観覧自由:対象商品を下記対象店舗にてお買い上げ頂いたお客様に、先着でサイン会参加券をお渡しいたします。イベント当日、参加券と品物をお持ち頂いたお客様にサインをさしあげます。
●対象商品:長富彩(ピアノ)『リスト巡礼』6/22発売
●対象店舗:タワーレコード渋谷店、新宿店、池袋店、秋葉原店、横浜モアーズ店

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年06月21日 12:52

更新: 2011年06月24日 20:01

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text : 伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)