インタビュー

キリエ・クリストマンソン



遠くからやってくる言葉とメロディ

鼻歌でメロディを歌っているときはすごくグルーヴィなのに、そこに日本語を乗せたとたんグルーヴしなくなることがある。そんな話を以前、細野晴臣さんが聞かせてくれたことがある。言葉には、言葉自体の重力をもってメロディを変形してしまう力があるということを多分細野さんは言っていたのだと思う。あるいは、《だるまさんがころんだ》を思い起こしてもいいかもしれない。メロディのないただの語の羅列なのに、それを繰り返しているうちに自然とメロディ(《節》と呼ぶのが正しいだろうか)が立ち上がってきてしまうことを、ある年齢以上の方なら体験したことがあるはずだ。言葉は、どんな旋律の上にも乗せることのできる無色透明・質量ゼロの何かではなく、それそのものが重さと志向性とを宿した物体であるにちがいない。

カナダ出身のシンガーソングライター、キリエ・クリスマンソンが「私にとって一番大事なのは言葉です。言葉がメロディ、リズム、すべてを決定するんです」というとき、彼女は、言葉というものをまさにそのようなものとして扱っているのだろうと思う。だからこそ、彼女の歌は、ときにわらべ歌や、ヨーロッパの古い俗謡のように聴こえる。《だるまさんがころんだ》からメロディが生まれてくるようなプリミティブな歌の成り立ちを感じさせる。彼女が、12世紀の女性吟遊詩人の研究をこの数年行なってきたことと、彼女の作曲作法は、だから、いかにも正しくリンクしている。

「言葉のなかから立ち上がってきたむき出しの状態のものを、メロディに止めたいんです。だから譜面に書いたりはしません。自分が憶えられないようなメロディは、人の耳にも残らないでしょ」
彼女が星について、あるいは鳥について歌うとき、それらは見知らぬ土地のわらべ歌のように、時間的にも空間的にも遠い地平から聴こえてきて、しつこく耳の奥でこだまする。

「『星々の起源』は、おもに私の故郷のケベックで書いたものが多くて、だから、身のまわりの自然と共鳴しあうものになっています。次作はパリで書いた曲が多いので、都市の環境を反映したものになると思います」

中世フランスの都市の雑踏のようなものがニューアルバムの向こうからは響いてくるのだろうか。キリエは、彼女自身が現代にタイムスリップした吟遊詩人なのだと思わずにはいられなくなる、時代を超えた異才なのだ。


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年01月18日 17:12

ソース: intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)

取材・文 若林恵