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インタビュー

吉松隆


大河史上最もプログレッシヴなテーマ曲。合言葉は〈平安プログレ〉

泥と血にまみれた平安武士たちの戦いのバックに流れるのは…ELPの《タルカス》!  NHK大河ドラマ「平清盛」の第一回目を観て仰天した人は少なくなかったはずだ。今年の音楽担当は吉松隆。そう、一昨年、ELPの名盤『タルカス』のオーケストラ版『タルカス〜クラシック meets ロック』が大きな話題となった現代音楽系の作曲家である。プログレの名曲が大河の劇伴として使われるなど、もちろん前代未聞のことだ。

「平安時代というと雅な世界がイメージされるけど、今回、制作陣は何よりもまず人間的生々しさや疾走感を重要なコンセプトにしていた。《タルカス》は、最初からディレクターが劇判の一つとして使いたがっていた。そこで、CD版とは別に、今回新たに録音し直した」

そう笑う吉松は1953年生まれ。大河ドラマは、63年の第一回『花の生涯』からリアルタイムでずっと観てきたという。

「特に60〜70年代は芥川也寸志、武満徹、間宮芳生、三善晃、林光、湯浅譲二といった現代音楽系の作曲家が音楽を担当しており、大河はそういうものという認識を持っていたんだけど、僕自身サントラ仕事はほとんどやったことがなく、TVドラマの音楽も今回が初めて」

ちなみに大河のテーマ曲で特に思い出深いのは、冨田勲による『天と地と』(69年)だという。 「オーケストレイションの素晴らしさ! あれは武満さんの《ノヴェンバー・ステップス》が出た少し後だったけど、オケと琵琶のああいう形の融合というのがとにかく新鮮で。当時、作曲を始めて間もない高校生だった僕は、冨田さんの複雑なオーケストレイションには大きな影響を受け、架空の大河テーマ曲を作ったりもした(笑)」

そんな吉松による『平清盛』の音楽。パーカッションが多用され、とにかく野性的でダイナミック。ロック的と言ってもいい。それは、過去の大河の伝統からはかなり逸脱している。演奏するオケも苦労したことだろう。が、同時に、50年続いてきた大河ならではの知的重厚さ、品格も兼ね備えている。こういう音楽を作れるのは、和楽器を用いた実験バンドなど、若い頃に様々な音楽を体験してきた吉松隆だけかもしれない。

「今回は、家族愛とか、経済立国の基盤を作った海の男とか、過去の清盛にない新しい視点が制作側から提示され、平安絵巻的なものではない音楽を要求された。もっと具体的に言うと、雅楽風のものではなく《タルカス》のようなロック的音楽をガーンと、と言われて(笑)。清盛がゼロからのし上がってゆく、その躍動感に焦点を当てたいと。同時に、震災後の日本の状況──苦境の中で協力しあって再生してゆく、という視点も加えられた。結果、僕とディレクターの間では“平安プログレ”という合言葉ができちゃった。ジャズ、ロック、クラシック、雅楽と、若い頃からいろいろやってきたことが全部使えるのは、自分でも面白い」

『梁塵秘抄』(平安末期に編まれた今様歌謡の集成)の有名な歌、《遊びをせんとや生まれけむ》が随所に登場し、サントラ全体の重要なモティーフにもなっている点も見逃せない。当然、メロディは吉松のオリジナルである。

「脚本の藤本有紀さんが、物語の根幹に何を据えればいいのかを考えた結果があれ。脚本の最初の稿から、呪文のようにあのフレーズが登場していた。ただ、今様は基本的に雅楽的な間延びした歌い方であり、庶民の歌としてはおかしいと思ったので、今回はああいう節回しにした」

デモ・トラックを初音ミクで作ってみたら、ディレクターもとても気に入ってくれたと笑う。どこまでも大胆(プログレ)な人である。

「今回の仕事で、過去の大河の音楽にはなかった何か新しいものを提示できたとすれば、それはやはり、スピード感とダイナミズムだと思う。オケを優雅に派手にハリウッド的に鳴らせる人はたくさんいたと思うけど、今回みたいにロック的に鳴らせた人はいなかったと思うし、トライした人もいなかったはず。大河史上最速のテーマ曲、というのが最初の目標だった。実際の速度というよりも、疾走感という意味だけど」
最近発売になったサントラ盤『平清盛』では、最後に《決意》というドラマティックな曲が入っているが、これこそは前述した、17歳で書いた架空の大河テーマ曲なのだそうだ。

「上杉謙信的な武将を想定したもの。当初ピアノ・スコアとして書き、これまで一度も使ったことはなかった。42年ぶりの蔵出しです」

ちなみに、これまた最近リリースされた『吉松隆:ヴィネット』(河村素子のピアノ演奏集)にも、17歳で書いた《青い神話》という美しい組曲が収録されている。吉村七重の筝など和楽器がフィーチャーされた『吉松隆:夢詠み』ともども、来年還暦を迎える吉松隆のヴァーサタイルな才能の好サンプルとして押さえておきたい。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年03月15日 20:18

ソース: intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)

取材・文 松山晋也