インタビュー

ブランドン・ロス

5年ぶりに来日したニューヨークの
妖精が語る、「ブルースの真実」

『画家は、キャンバスの上に絵を描く。けれど音楽家は、静寂の上に絵を描く』──これは英国人の指揮者レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)の言葉だが、ブランドン・ロスはまさしく静寂の上に絵を描く。あるいは〈sound of silence〉を描く音楽家、と言ってもいい。2枚のソロ・アルバムを聴けば分かるように、ブランドンが描く音の絵はモノトーン的で、余白(space)が多く、微妙なグラデーションが美しい。こんな音の絵を描く音楽家を、僕は他に知らない。そしてまた、ブランドン・ロスほど〈アフリカン・ アメリカン〉と〈ジャズ・ギタリスト〉のプロトタイプからかけ離れた音楽家はいない。

「音楽というのは、社会的あるいは経済的文脈で語られがちだよね。たとえばアフリカン・アメリカンの音楽は大抵の場合、キリスト教の教会と奴隷制という文脈で捉えられてきた。もちろん、それは歴史的事実だけど、米国の黒人の中にはマイルス・デイヴィスのように比較的裕福な家庭で育った人間もいれば、僕の母親のように大学で教師をしていた人間もいる。そして黒人音楽以外の音楽が好きな人間もいる。そもそも米国の社会は、黒と白、左と右、裕福と貧困という風に物事を両極端に分ける傾向がある。僕はそうしたシステムから逃れたいと思っているんだ」

幼少時のブランドンは、ゴスペルを歌う黒人教会ではなく、アングリカン系の教会の聖歌隊でクラシックや教会音楽を歌っていた。このように彼はゴスペルやブルースより前にクラシックに出会い、子供の頃からドビュッシーやストラヴィンスキーが好きという音楽家だ。ただし、こんな彼にとってもブルースは「自分の一部」と語る。

「ある時、トランペット奏者のワダダ・レオ・スミスから『これを聴けよ』と言って、スキップ・ジェイムスのLPを渡された。それまでは熱心にブルースを聴いたことがなかったんだけど、そのLPを聞いて、なぜワダダがそれを薦めてくれたのか瞬時に理解したよ。そして自分がより前に進むためにも、シンプルなものに回帰することの大切さを学んだ。それ以来、デルタ・ブルースや、そのルーツのアフリカ音楽を聴くようになり、やがて興味はアジアの音楽にも広がっていった」

冒頭でも触れたように、ブランドンの音世界は静謐であり、空間があり、流れがあり、モノトーンでありながら微妙な濃淡がある。その意味では、雅楽や俳句や水墨画のようであり、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』に言及されている日本的美意識に通じるものを感じる。鈴木大介、ツトム・タケイシと一緒に作った武満徹の映画音楽集『夢の引用』は、こんなブランドンだからこそ成し得たプロジェクト、と言っていいだろう。

「ツトムから『ブランドンの前世は日本人だったんじゃないか』ってよく言われるよ(笑)。ただし、自分としては、まだ日本文化を発見しつつあるという段階だと思っている。今度日本に来る時は、京都をじっくり見て回りたいんだけど」

ブランドンを広く知らしめるために、あえて有名なミュージシャンを引き合いに出すとしたら、ジミ・ヘンドリックスとジョニ・ミッチェルを挙げたい。たとえ大音量でエレクトリック・ギターをかき鳴らしても、その中心は台風の目のように無風状態というか、静けさが感じられる。この点において、彼は、ジミ・ヘンドリックスに通じる。

「ジミ・ヘンドリックスの音楽は、まったくそうだね。そしてその〈静けさ〉は、音楽的な〈深さ〉になっていると思う。同じような意味で、フランツ・クラインやバスキアの絵にも静けさを感じるから僕は好きなんだ。実は、最近ジミを聴き返しているんだけど、改めてもの凄いミュージシャンだと思う。ツアーの移動中に聴いてたら、色々な細部を聴き取ることができた。60年代から鳴り響いていたギターの共鳴の一部が、やっと自分に聞こえるようになったという感じでね」

ブランドンとジョニ・ミッチェルとの共通点は、精妙かつ複雑なハーモニー、そして空間設定。彼のソロ・アルバムと、たとえばジョニの『ドンファンのじゃじゃ馬娘』を聴き比べてみるといい。

「僕にとってジョニ・ミッチェルは大きな存在。8歳の頃にラジオで初めてジョニの曲を聴いたんだけど、ずっと後になって彼女のハーモニーは、キース・ジャレットの『フェイシング・ユー』に近いと感じた。そして彼女も印象派のクラシックの影響を受けていることを知って納得した」

こんなブランドンは、近いうちに「songsのアルバム」を作りたいという。

「僕はポール・マッカートニーやスティーヴィー・ワンダーやバート・バカラックを尊敬している。でも最近は、彼らのように2分38秒の曲を作る巨匠がいなくなりつつある。だからソング・クラフトに重きを置いたアルバムを作ることは、大きなチャレンジだと思うんだ。できれば、キップ(・ハンラハン)がプロデュースしてくれるといいんだけどね」

photo by TAKUO SATO  2011年ブルーノート東京公演より

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年03月16日 13:28

ソース: intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)

取材・文 渡辺亨