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インタビュー

上原ひろみ

動いて、動いて、時間を凝縮したトリオ・プロジェクト第2作

アラームの音を模した和音がきれぎれに鳴りはじめ、しだいにはやまり、やがて堰を切った音の奔流になるとき、私は眠っていたのではないのに、目がさめた気分になるのはどうしたわけだろうか? と思わせるほど、上原ひろみの音楽には瞬時に情景をたちあげる強度だけでなく、よびさましたイメージをつぎの瞬間にはいやおうなしに別のものへつくりかえると同時に、ちがう場所へかりたてていくたえざる運動がある。アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップス、ふたりの腕っこきをしたがえたザ・トリオ・プロジェクトのファースト『ヴォイス』がそうだったように。そして2作目の『ムーヴ』はのっけから、表題曲のおそるべき(加)速度で口火を切るのである。

「一定の時間のなかにしか生まれない感情があると思うんですね。一日のなかでも時間帯によって心におよぼす影響にはちがいがある。たとえば、曲を書いていても、朝に生まれやすい曲とか夜に生まれやすい曲とかがあって、夜ってけっこう考えなくていいことまで考えてしまうエモーショナルな時間だなとか、朝になるとリフレッシュしていいスタートがきれるなとか。その感覚ですね」

もちろん、上原ひろみは『タイム・コントロール』に端的な、「時間」をあつかったアルバムをこれまでも出してもいるが、『ムーヴ』では抽象概念としての「時間」ではなく、「一日のサウンドトラック」というコンパクトな枠組みを用意している。ちなみに、冒頭の《ムーヴ》は何時くらいの想定ですか、と質問したところ、5時くらいです、と返した。

──早すぎませんか!?

「(笑)だいたい、深夜にライヴが終わって、ホテルに帰って、早朝の移動が多いんですよ。だから《ムーヴ》の場面は、私にとっては陽が昇るちょっと前くらい。めざましが鳴って、荷物をパッキングしてチェックアウトするのはものすごく集中力がいるんですよ」

「年間100日、150公演」におよぶツアーの実感というべきものがそこに投影されていることになるが、昨年の『ヴォイス』のリリース以後、1年にわたった演奏旅行の日々は、『ムーヴ』の端緒をひらいただけでなく、このトリオのアンサンブルを磨きあげるに充分なものだった。《ムーヴ》でキックアウトした一日は、《ブランニュー・デイ》の清冽な詩情へ流れ、一転してシンセサイザーの音色もユーモラスな《エンデーヴァー》からメランコリックな《レインメーカー》へといたる、時間帯でいえば午前中にあたる前半の振幅に富んだ楽曲の内実はトリオ・プロジェクトの進化と深化を物語っている。

「ライヴを重ねれば重ねるほど、バンドとして成熟していくのがわかった。お互いの輝かせ方というものも、こういう表現がおもしろいというのもわかった。『ヴォイス』でツアーをはじめたときから、本当にライヴが楽しくてしょうがなくて、もう一作つくろうと思って、ふたりを思い描きながらアレンジをしたので、すごく(メンバーが)輝くような作品になったと思います」という通り、このアルバムはメンバーの名前から反射的に想起するヴィルトゥオーゾ的なソロや複雑なキメを堪能できるとはいえ、旨味はむしろ、音色や間や演奏における意識の流れといった表面にはあらわれないところにあり、それがあるからなのだろう、演奏家が輝くとともに音楽が光る。そしてそのためのふたつの大きな要素となる作曲と即興について、上原ひろみは、これまでと同じく、コンセプトを決めた時点で、書きためた曲からそれに合致するものを選び、構成したというが、作品の背景を一日のタイムスパンに切り詰めたことで、楽曲の輪郭は俄然くっきりしたものになり、解釈の導線が明確なので即興も冴えてくる。

「すごく細かくいうと、ミリコンマ単位で次に聴きたい音を懸命に探す行為です。自分が聴きたい音を弾きたいから、この音の後にどの音が存在すべきか、それをつねに探している。探検している感じです」

上原ひろみは即興についてこういった。その本領を発揮するのは、時間帯でいえば午後から夜にかけてであり、《リアリティ》《ファンタジー》《イン・ビトゥイーン》の連作からなる「現実逃避組曲」ではじまるアルバム後半である。トリオはここでフュージョンからピアノトリオらしいバラードまでを自在に行き来することで、ジャズというサブジャンルとの同定さえ拒むようだが、これは彼女の敬愛するフランク・ザッパ(彼女はなかでもマザーズ時代がお気に入りらしいが、彼女の音楽はどちらかといえば、80年代のザッパにちかい感触なのは、79年生まれの原風景の反映だろうか?)がそうであったように、ある種の過剰さと、それを組み上げられる力をもった音楽家の特権だろうし、つづく《マルガリータ!》のアンソニー・ジャクソンのソロとグルーヴ、《11:49PM》でのサイモン・フィリップスのダイナミズムに顕著な、これ以上ない共演者との前作をしのぐ一体感を得て、『ムーヴ』は「すごく集中していて、そのときを生き抜いている」上原ひろみのピアニズムの現在の到達点を示すことになった。

LIVE INFORMATION
『上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト
feat.アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス
「MOVE」 JAPAN TOUR 2012』

11/15(木)から全国各地で17公演を予定
http://www.hiromiuehara.com

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年09月07日 15:51

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

取材・文 松村正人