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インタビュー

FAKE BLOOD 『Cells』



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「アルバムって自分のマニフェストだと思うんだ。だから初めてのアルバムを世に出すのがいまになってしまった。……いや、いままではアルバムというもの自体を作ろうとさえ考えたことがなかったな(笑)。実際、俺自身にそんなに関心を持ってもらえるとも思ってなかったんだ」。

この言葉を謙遜が過ぎるように捉えたあなたは、彼の歩みを知る人だろう。あるいはその名前を少しばかり懐かしく感じた人は、PCの前にべったり座ってバズワードを〈もう終わった〉と言う頃合いを計るだけの有意義な日々を送っているのかもしれない。いずれにせよ、チープ・スリルズからのマイペースすぎるリリースやブラッド・ミュージック設立後の展開を注意深く見守っていた人にとっては待望久しいであろう、フェイク・ブラッドのファースト・アルバム『Cells』がようやく完成したのだ。

2008年の“Mars”で脚光を浴びて以来、彼はシンプルに楽曲制作とDJプレイだけを通じてジワジワと注目を広げていった。もちろん、同時期に〈フィジェット・ハウス〉なるキーワードを拡散したマシーンズ・ドント・ケアはハーヴにシンデン、トドラT、ドロップ・ザ・ライムといった綺羅星の如きクラブ・シーンのホープたちを輩出したわけで、同じクルーに名を連ねたフェイク・ブラッドもまたその恩恵に与ったことは間違いない。ただ、DJトゥーシェの名で知られてきた彼は、ヒップホップを起点に20年ほどのキャリアをさまざまな名義で生き抜いてきたヴェテランでもある。当初ファットボーイ・スリムやティエストの変名という噂があったのもいまやジョークだが、「単にスタート当時はパブリシティーもないし、写真やグッズを作る余裕もなかっただけなんだけどね。その穴を埋めるかのように周りが勝手に情報を流してくれていた感じ」との言葉通り、本人にとっては興をそそるトラックを作り続けてきたことが純粋に評価された結果に他ならない。

そんな手腕が買われてメジャーなリミックス仕事も請け負いつつ、自作はハーヴの主宰するチープ・スリルズからEPを年に1作ずつ出すのみという寡作な数年を経て、自身のレーベルであるブラッド・ミュージックを設立。新たにディファレントと契約を結んで登場するのが今回の『Cells』だ。ペシミスティックなピアノ・ループと重量級のベースラインが問答を繰り広げる“Yes/No”や、仰々しくもシニカルなサンプリングが快感を招く“End Of Days”といった先行カットに感じた興奮が裏切られることはないだろう。

「トラックメイクはいつもダンサブルな部分から入る。あくまでもそれを軸にして、そこから派生的にいろんなことを試してみるんだ。それと、他の誰もやってないようなことにトライして、アイデアを加えながら仕上げるスタイルさ。“Sideshow”ではバルカン・ブラスをミニマルなテック・ハウスに載せてみた。すっごく新鮮だろ?」。

そんな彼ならではのリズミックな美意識とチャレンジ精神は、トラックの隅々まで、アルバムの隅々まで行き渡っていると言えるだろう。シティー・ポップやインディー・ダンスなる言葉が大好物な人にも薦めたいドゥービーなニュー・ディスコ“All In The Blink”(歌はブラック・ゴースツの相棒サイモン・ロードだ)、サイケデリアが曲名の周縁を漂う“Soft Machine”、重苦しいストリングスが暗いアナログ・シンセや悲壮なコーラスと交錯する“London”などは彼の持ち札の多さを示す好例であり、『Cells』にアルバムとしての楽しさと意外性をもたらすエッセンスでもある。

「俺のいろんな面を知ってもらいたかったから、アルバムにはレフトフィールド寄りな部分も入れてみたよ。全部が全部ダンスフロアを意識して作ったんじゃないんだ。オーソドックスじゃないのもあるけど、俺の音楽はそもそもメインストリームじゃないし、正攻法のプロダクションを知らないからね。ヒップホップを通してカット&ペーストやサンプルの使い方を学んだし、いまでも基本は同じだよ」。

確かにこれまでのフェイク・ブラッドらしからぬアウトプットもある。とはいえ、「自分にとっての最大の敵はノスタルジアさ」と語る彼にとって、過去の偉業もそれはそれ。この『Cells』は好奇心を道しるべに変化を続ける男の集大成であり、新たなスタートでもあるのだ。



PROFILE/フェイク・ブラッド


本名セオ・キーティング。71年生まれ、UK出身のDJ/クリエイター。DJトゥーシェの名で活動を始め、90年代初頭に結成したワイズガイズでデビュー。2001年の解散後はサザン・フライドからソロ曲を発表していく。2008年にサイモン・ロードとブラック・ゴースツを結成する一方、マシーンズ・ドント・ケアに加入してフェイク・ブラッド名義での初シングル“Mars”をリリース。翌年にはピープル・ゲット・リアルとのミックスCD『Wax:On』を発表し、以降もマイペースなEPリリースの傍ら、カルヴィン・ハリスやキルズらのリミックスも手掛ける。今年に入ってディファレントと契約し、ファースト・アルバム『Cells』(Different/HOSTESS)を11月28日にリリースしたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年12月18日 20:45

更新: 2012年12月18日 20:45

ソース: bounce 350号(2012年11月25日発行)

構成・文/出嶌孝次 text by Garma Eschenbach