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インタビュー

ALICIA KEYS 『Girl On Fire』



人生を大きく変えるさまざまな出来事を経て、アリシア・キーズがいよいよカムバック。多くの苦しみを乗り越えたその相貌は美しいだけではない……いま彼女は燃えている!



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新しい世界へ

デビュー作『Songs In A Minor』の10周年記念盤やジェニファー・ハドソンの近作『I Remember Me』への楽曲提供といったトピックはあったものの、2009年に『The Element Of Freedom』を発表してからのアリシア・キーズは音楽よりプライヴェートの話題が中心だった。スウィズ・ビーツと結婚し、2010年10月には息子エジプトを出産。その直後にはイヴを招いた“Speechless”を発表したが、それも息子に捧げたプライヴェート絡みの曲だった。「エジプトを生んだインパクトは……もう全部なわけだけど(笑)」という彼女は、いまや息子を中心とした生活を送り、先日も児童向けのiOSアプリを発表するなど、母親としての顔を強く覗かせている。見る世界、生活は激変した。2007年に『As I Am』を出した時はエジプト旅行にインスパイアされたと語っていたアリシアだったが、今回もエジプトが彼女を変えたのだ。

マンハッタンに新たなスタジオを構えて制作した約3年ぶりの新作『Girl On Fire』は、「感じていることをどう表現するか考えるところから取りかかった」という。アシリアらしいピアノ序曲で幕を開け、続いて流れてくるのはスコットランドの歌姫エミリー・サンデーと共作した、本人いわく「自伝的な曲」というバラードの“Brand New Me”。そして、聴き進めていくと、50セントの主役ヴァージョンも話題になったドクター・ドレー参加/スウィズ・ビーツ制作の“New Day”が登場。新鋭女性シンガー・ソングライターのセヴン(Sevyn)もペンを交えたこちらはマーチング・バンド風のアグレッシヴなナンバー。これら2曲からだけでも、新しい世界に向かって気張ることなく、しかし強い意志を持って踏み出そうとするいまのアリシアの気分がビシビシと伝わってくる。



燃える女性になった

そんな気分を集約したのが、前作にも貢献したジェフ・バスカー及びサラーム・レミと共同制作し、ニッキー・ミナージュを迎えた“Girl On Fire”だろう。US盤本編に収録された〈Inferno〉のほか〈Main〉〈Bluelight〉の3ヴァージョンが存在するこれは、アルバム・タイトルにもなった、芯を持った女性を謳った力強い曲だ。

「〈燃えている女性〉になる軌跡、自分がそういう女性になっていく過程を切り取った。内なる言葉に耳を澄ませ、本能を信じて解放させ、自分自身を信じることを意味しているの。このアルバムを制作する前の私は真実を理解されずに苦しみ、まるで檻の中にいるライオンのような気持ちだった。でも、本気で何かを変えたいなら、もう言い訳は止めようと決めたわ。私は〈燃える女性〉になった。檻の中のライオンは遂に解き放たれたのよ!」。

イタリア版「Vogue」誌で撮っているフォトグラファーに依頼したというシャープで洗練されたアルバム・ジャケットも、「前進していて、大胆で勇敢で」といういまのアリシアの気分を反映しているようだ。が、「音楽的な方向性はなかった」という。「いちばん大事だったのは、プロダクションがどうのということより、とにかくいい曲が揃っているアルバムにすること」だったそうだが、あえて新作の音楽性について言うなら、前作のサウンドの拡大発展型といったところか。

いま思えば前作は、ドレイクのアルバム・リリース後から〈アンビエント〉〈アトモスフェリック〉〈耽美的〉などと形容されはじめた内省的で沈鬱なR&B〜ヒップホップの先駆的作品とも言え(元を辿ればカニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』に行きつく)、特にドレイクも声を挿んだ“Un-Thinkable(I'm Ready)”のヒットはR&Bの流れを地味に変えた。そうしたムードはアリシアがソングライターとして参加していたミゲルの最新作にも横溢していたし、今作でも、ジョン・レジェンドと曲を書いてロドニー・ジャーキンズと制作した浮遊系メロウ・チューン“Listen To Your Heart”や、フランク・オーシャンがペンを交えたマレイ制作のインディー・ロック的な“One Thing”などに表れている。



何も恐れないということ

前作よりも〈ゴッタ煮〉っぽさを感じるのは、上記の楽曲も含め、かつてないほど多彩なクリエイターを招いたからでもあるのだろう。ロンドンで行った『Songs In A Minor』の10周年記念コンサートにてオープニングを任せ、その音楽に惚れて誘ったというエミリー・サンデーとは、先の“Brand New Me”に加え、“Not Even The King”“101”といったバラードも共作。また、ダブ的な響きを伴ったレトロで明快な“Tears Always Win”と“Limitedless”には、それぞれブルーノ・マーズ、ポップ&オークも作家として名を連ねている。そして、アコースティック・ギター使いのバラード“That's When I Knew”は、ベイビーフェイスとアントニオ・ディクソンの制作だ。

「私のスタイル、プロダクション、作詞法を才能豊かな彼らの技法と合わせたらどうなるんだろうと思ったの。以前はそういうことに対して積極的でなかったけど、環境も整って、自分の範疇を越えたことをする準備ができた気がして。今回私が気付いたのは、何も恐れないということ。ベイビーフェイスの作詞方法は勉強になったわ」。

そして、今作最大の話題と言えるのがマクスウェルとの共演だろう。ポップ&オークがギタリスト/俳優のゲイリー・クラークJrとペンを交えて制作したブルージーでジャジーなスロウ“Fire We Make”を撫で上げるように歌うふたり。マクスウェルが発する吐息のようなファルセットは、彼の“Fortunate”におけるそれにも近い。

「お互いに近況報告をしたりしているうちに自然に話が出て。〈こういう曲が出来たんだけど?〉ってアプローチしたら彼が曲を気に入ってくれて……このアルバムのコラボレーションは、すべてそういうふうにオーガニックに実現したのよ。だからクールなの。そういえば、私の最初のツアーはマックスウェルのオープニングだった。それが10年後に共演だなんて信じられる?」。

檻から解き放たれたライオンは無敵。そして、母となった女性も無敵。猛進してくるアリシアが最高に眩しい。



▼アリシア・キーズの近作。

左から、2007年作『As I Am』、2009年作『The Element Of Freedom』、2011年に登場した2001年作の新装記念盤『Songs In A Minor -10th Anniversary Edition』(すべてJ)

 

▼『Girl On Fire』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

左から、フランク・オーシャンの2012年作『Channel Orange』(Def Jam)、ブルーノ・マーズの2010年作『Doo-Wops & Hooligans』(Elektra)、ベイビーフェイスの2007年作『Playlist』(Island)、マックスウェルの2009年作『Blacksummers'night』(Columbia)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年12月21日 19:15

更新: 2012年12月21日 19:15

ソース: bounce 350号(2012年11月25日発行)

構成・文/林 剛