キケ・シネシ
アルゼンチンの静かなる巨匠による、熱狂ライヴの記録
昨年5月に「センス・オブ・クワイエット」でカルロス・アギーレと初来日して、繊細かつ柔軟なギター・プレイで観客を魅了したアルゼンチンのキケ・シネシ。12月にはケーナ奏者の岩川光とのツアーで再来日して、これまた素晴らしい演奏を聞かせた。鬼怒無月もゲスト参加したそのライヴはぼくにとって2012年に体験した最高の一夜となった。その来日中に彼に取材できたのだが、話はもちろん2月発売のライヴ・アルバム『Live in sence of quiet』にまつわることからはじまった。このアルバムには5月15、16日の草月ホールでのコンサートから、彼のソロ5曲とカルロス・アギーレとの共演4曲が収められている。
「わたしが中心になって演奏した16日は大きな挑戦だった。はじめての東京で、たくさんのお客さんがいたから、少しずつ自分の音楽の中に入りこんでいくことで、お客さんとの関係が生まれて、だんだんリラックスできるようにしていった。カルロスが加わると、よりくつろいだ感じが生まれた。日本のお客さんは、繊細な感受性と敬意を持ってくれていて、大きな拍手をしてくれるというようなことではない別の感じ方なんだ。めったにないことだが、わたしも感動したし、とても深い体験だった」
パブロ・シーグレルとのタンゴ・アルバムでグラミー賞を受賞するかと思うと、チャーリー・マリアーノとはジャズを聞かせる。《アルタ・パス》のようにフォルクローレ色の強い曲もあれば、カルロス・アギーレとはポップな感覚の曲も演奏する。いずれにも落ち着きやひらめきがあり、彼が時間をかけてギターを熟成させてきたことを感じさせる。
「よく“フュージョンをやるんですか”と質問されるけど、フュージョンは自分の中で起きてくるものなので、ジャンルとしてのフュージョンをやるつもりはないんだ。土地土地にはそれぞれ大気のエネルギーがある。わたしはユパンキがステージで一人で生み出していたものに影響を受けた。彼は音楽を通してフォルクローレとは何かを教えてくれた。数少ない音で大地と関係のある空気感を伝えていた。わたしはブエノスアイレスのエネルギーを感じて暮らしている。だからやっている音楽もブエノスアイレスにつながるもの。そのエネルギーはタンゴだけで表わせるわけじゃない。タンゴなら外国のほうにあるくらいさ。ベルリンに暮らしていたことがあるけど、毎晩のようにどこかでミロンガ・パーティをやっていたよ(笑)。伝統的なタンゴはいまもブエノスアイレスにあるけど、わたしには60年前と同じ音は出せない。いまあるエネルギーを音にしたいんだ」