インタビュー

LONG REVIEW――阿部真央 “最後の私”



優れたアーティストが辿る進化の道



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昨年リリースされたアルバム『戦いは終わらない』は、阿部真央にとってターニング・ポイントと言える重要な作品だった。サウンド面では初めてセルフ・プロデュースを手掛け、アコギとバンドのシンプルで生々しい響きが核となる、〈100%阿部真央サウンド〉と言えるものにより近付く形に。また、曲調も全体に明るく、広がりのあるものになった。歌詞の面ではリスナーに向けて語りかける言葉が増え、“How are you?”“世界はまだ君を知らない”といった、聴き手を励ますタフなメッセージ・ソングをモノにしている。基本的に私小説的であり、実体験に基づくことしか歌わ(え)なかった彼女にとって、それは次のステップへ向けて大きな変化だったと言っていい。

そして、このニュー・シングル“最後の私”。何の衒いもない本気の失恋バラードで、ピアノとアコギのみで綴る静かな前半から、ストリングスがそっと入り込み、バンドが必要最小限のリズムを刻み、ギター・ソロがむせび泣く後半まで、徐々に盛り上がっていくドラマティックな構成が歌詞の展開とぴったり合っている。リリックは彼女が書き続けてきた実体験に基づくラヴソングの典型と言えるもので、繊細すぎる感情の揺れ動きが行間からこぼれ落ちるほどに瑞々しく、切なく響く。

が、いままでと何かが違うことは、例えば〈雪は17時を過ぎてから〉から始まるサビを聴けばわかる。感情を深く胸の底に沈め、あえて淡々とした美しい情景描写に徹するその筆捌きは、これまでの彼女のラヴソングが日記やブログのような佇まいだとしたら、よく練られた小説か映画にも例えられるほど、ドラマとしての完成度が高い。ただ激情に走ることなく、ファルセットを活かしたハイノートの一音に至るまで丁寧に歌い上げる、ヴォーカリストとしての表現力の豊かさも実に素晴らしい。

核心にあるのは、あくまで個人的な体験や感情でありながらその実感を損なうことなく、誰の心にも感動を呼ぶ普遍的な歌へ昇華させること。“最後の私”は、優れたアーティストが辿る進化の道を彼女もまた歩み続けていることを、はっきりと示す道標となる曲だ。そしてここで阿部真央を知った人が、カップリングの弾き語り曲“短い言葉たったそれだけでその一言で”と、同じく弾き語りを収めたライヴテイク3曲で彼女の本質へ一気に迫れるという、〈阿部真央・入門編〉としても最適の一枚である。



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掲載: 2013年03月06日 18:00

更新: 2013年03月06日 18:00

文/宮本英夫