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インタビュー

「夢売るふたり」発売記念 西川美和監督インタビュー

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騙して、騙されて、というのが男女の関係なら、夫婦は嘘つきのプロかもしれない。ささやかな小料理屋を営んでいた、ごく普通の夫婦、貫也と里子は火事ですべてを失い、ふとしたきっかけで結婚詐欺を始める。映画「夢売る二人」は、そんな奇妙な夫婦を狂言回しに、都会の片隅に生きる様々な女性達が描かれていく。監督・脚本を手掛けたのは、「ゆれる」「ディアドクター」といった作品を通じて人間の不可思議な内面を見つめてきた西川美和。初めて女性をテーマにした本作で、監督が描きたかったことは何だったのか。



人間関係って、ポジティヴな目的を失ってからのほうがコクがでると思うんですよね。だから夫婦を描いてみたいと思ったんです



―監督にとって初めて女性を主人公にした映画ですが、〈女性のここを描きたい〉と思ったところはありましたか?

「コンプレックスですね。男性主体の映画における女性の役割って、たいていけなげだったり、強かったり、男性を正しく導く存在であったりするんですけど、私みたいな人間にはほとんど感情移入できなくて。女性も男性と同じように葛藤するし、バカなところもある。私自身も周りの女性たちもそういうものを持っているから、そこを描きたいと思いました」

―OLや風俗嬢、重量挙げの選手など、いろんな女性たちが出てきますが、なかでもヒロインの里子がいちばん複雑なものを抱えているような気がしました。

「あの人は何もなければすごく良い奥さんだと思うんですよね。でも、お手本のような女って怖いな、常々思っていて(笑)。表で〈良い〉と言われている水面下で、どんなものを持っているかわからない」

―ヒロインの里子は最初はけなげな奥さんなのに、物語が進むに連れて何を考えているのかわからなくなってきますよね。そういう読めないキャラクターが、松さんにぴったりハマっていました。

「そうなんですよ。松さんをイメージして脚本を書いたわけじゃないんですけど、ふたを開けてみれば松さんのための役に見える。彼女は、到底あんな悪事を企てそうな風には見えないのに、役者の力なんでしょうね。」



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―夫の貫也を演じる阿部サダヲさんとのコンビネーションも良かったです。

「二人とも過剰な演技はしないタイプの役者さんで、佇まいが似てるんですよ。あんまり熱くなりすぎないというか、待機時間も映画と全然関係ない、他愛のないことを小声でボソボソ喋って笑っているような二人で、お互いそりがあったんだと思います。だから長く付き合ってきたカップルみたいに穏やかに寄り添っている感じが出たんだと思います」

―同じ男女でもカップルと夫婦では関係性が違いますが、今回、夫婦を描こうと思ったのはどうしてですか?

「夫婦って恋愛がすでに成就した男女ですよね。だから恋人同士の時よりも熱いベクトルはなくて、それでも二人三脚でやっていかなきゃいけない。ある意味、目的のないロードムービーみたいなところがあるんじゃないかと。人間関係って、ポジティヴな目的を失ってからのほうがコクがでると思うんですよね。だから夫婦を描いてみたいと思ったんです」

―モアイズムの音楽も印象に残りましたが、彼らは監督のこれまでの作品のすべてのサントラを手掛けています。今回はどんな風に依頼されたのでしょうか。

「今回の映画は人間の心の闇を描いていて、映像も薄汚れた都会の風景が多い。でも、音楽はそういう暗さに沿うのではなく、〈それでも世界は美しいんだ〉ということを感じさせるようなものにしたかったんです。あとは大都会でひっそり生きる夫婦の話なので、あまり楽器を多くせず、ギター2本で1本のギターのように聞こえる演奏にしてもらいました」



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―まさに二人でひとつの夫婦みたいな。

「そうそう。それでリズムがあるけど、あまりハネない柔らかなジャズみたいな感じ。メロウで、切なくて、美しくて、かつ、30オーバーの倦怠感があるような(笑)。ルイ・アームストロングとかエタ・ジェイムズを聴きながら脚本を書いたこともあって」

―最後に監督業も映画の夫婦同様、<夢売る>商売ですが、夢を売るのは大変なことでしょうか。

「映画は自分にとっても夢だったので、この仕事を始めたころはすべてがキラキラしていました。でも、15年もやっていると、かつて憧れていたものがくすんで見えてきたりもする。自分の夢をお金に換えたからかな、と思う時もありますね。でも、面白いのはそこからかなって」

―何だか、映画との恋愛関係が夫婦関係になったみたいな感じですね。

「そうかもしれない(笑)。この映画を撮り終えて、〈もっと面白い映画が撮れないかな〉って欲が出てきたんです。また光が見えてきた気がしますね」


■PROFILE…西川美和

1974年、広島県生まれ。大学在学中に是枝裕和監督作「ワンダフルライフ」(1999年)にスタッフとして参加。2002年、「蛇イチゴ」で映画監督としてデビュー。以降、「ゆれる」、「ディアドクター」など数々の秀作を撮り続け、数多くの映画賞を受賞。本作で初の女性を主人公に、痛々しいほどリアルで生々しい女性の心情と夫婦のあり方を描く。



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記事内容:TOWER+ 2013/3/10号より掲載

カテゴリ : Premier Seat

掲載: 2013年03月10日 00:00

ソース: 2013/3/10

TEXT:村尾泰郎