Salley “赤い靴”
独特のヴォーカリゼーションを操る透明な歌声とアイリッシュ音楽の哀愁を湛えたギター・サウンドで、J-Popシーンのど真ん中へと踏み込む大型新人!
日本語に独特の語感を与える柔らかな発音と柔軟に翻るこぶしで、憂いを帯びたメロディーに美しいグラデーションを施す可憐な歌声。まさに〈見つけた〉という感覚だったのではないか──と、Salleyのデビュー・シングル“赤い靴”を聴いて思う。地元・福井でのバンド活動を経て上京し、自身の楽曲の歌い手を探していた上口浩平(ギター)と、音楽の道を進もうと大学を中退し、大阪から上京したうらら(ヴォーカル)。彼女の3回目のライヴ会場で、2人は出会った。
「ずっとギター・ロックのバンドをやってたんですけど、今度はポップスをやりたいなと思っていて。自分の作る曲は色で言ったら青だと思うんですが、そういう自分の個性と、アイリッシュやケルト音楽の冷ややかで哀愁のあるメロディーやリズムを混ぜ合わせたらおもしろいんじゃないかな、と。そんな漠然とした構想があって女性ヴォーカリストを探してたんですけど、うららの歌を聴いたとき、この透明感のある声は自分がやりたい音楽に合いそうやなと思って。それで声をかけました」(上口)。
兄の影響でブリット・ポップ以降のUKロックに親しんで育ち、音楽理論の勉強としてジャズやフュージョンも聴いていたという上口の曲は、即お茶の間へ進出できそうなキャッチーさと緻密さを湛えている。そこにうららの歌声を得て共に制作を重ね、ようやく完成した“赤い靴”は、瞬時に聴き手の耳を惹くクリスタル・ヴォイスと乾いたギター・カッティング、軽やかな4つ打ちが寄り添うイントロから、サビで急速に高度を上げるメロディーが実に開放的なポップ・チューン。そこに、呪われた主人公が死ぬまで踊り続けるアンデルセン童話「赤い靴」に重なる詞を付けたうららは、同曲をこう語る。
「この詞を書いたのはちょうど上京した頃で。周りの人がみんな社会に出ていくなかで、自分だけがまだ音楽やってるってことをホントは不安に思ってるのに、〈私はみんなと違う道を行くんだから〉って強がりを言ってたんですね。でもこの曲を聴いたときにそれが全部剥がれたというか、真っ暗ななかに自分が一人でいるイメージが湧いてきて。それで出だしから順に書いていったら、小さい頃に読んだ『赤い靴』の鮮烈さを思い出して、最後は〈踊っているのは私だけ〉って。そこで自分の気持ちをすごく吐き出せた。これだけのイメージが自分に浮かんだのは、曲の力が強かったからだろうなって思います」(うらら)。
加えて、本作には詞・曲共に上口が手掛けた“call”と、ユニット名の由来であるアイルランド民謡“Down By The Salley Gardens”のカヴァーも収録。弾むようなリズムとナイーヴな旋律に乗せて口ずさまれるラヴソング“call”は、2人が出会う前に出来たとのことだが……。
「この詞は、私事ながら、当時遠距離恋愛をしてまして……」(上口)。
「“call”は女性が歌う歌詞じゃないと思うんですね。でも、自分が歌ったら曲に違う側面を与えられるっていう自信があったっていうか。ここにある男の人の弱音や、好きな女の子に会いたいなっていう気持ちって……ちょっと重い、みたいな(笑)。そこをさりげない響きに変えられると思いましたね」(うらら)。
そして“Down By The Salley Gardens”のカヴァーは、ギターと歌、ティン・ホイッスルのみでしみじみと聴かせる原曲に忠実なアレンジ。だからこそ、この2人のコアがナチュラルに伝わってくる。
「〈ああ、自分はバカだったな〉ってさりげなく過去を振り返ってる歌詞が、私の世界観に近いというか。大人になったら、例えば自分の言いたいことがあっても場を丸く収めるとか、そういう場面ってあるじゃないですか。でもそういうことばかりしてたら自分の個性が死んじゃうんじゃないかっていう気持ちがあって、昔あったことはなるべく覚えておきたいんですよ。その、ずっと成長できない〈子供うらら〉を大事にしたいなって」(うらら)。
「伴奏がなくても、口ずさむだけで〈いいな〉って思える曲をめざしたくて。“上を向いて歩こう”も僕にはそういうイメージなんですけど、“Down By The Salley Gardens”にはそういう力があると思うんですよね」(上口)。
ユニットの原点、うららの声が持つマジック、作詞/作曲者としてめざす理想形と、Salleyのアイデンティティーに三方向からアプローチした本作。2つの才能が共に歩む道は、ここから始まる。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年06月20日 20:35
更新: 2013年06月20日 20:35
ソース: bounce 355号(2013年5月25日発行)
インタヴュー・文/土田真弓