tricot 『T H E』
トリッキーな変拍子を多用した複雑な構成の楽曲、力強さと艶やかさを併せ持ったヴォーカル、フロントに立つ女性メンバーのやたら威勢のいいステージングにより、群雄割拠の若手ロック・バンド勢のなかにあって、頭一つ抜けた存在感を放ってきたtricot。その名も『T H E』と名付けられたファースト・アルバムは、初めて訪れた迷いの季節を経て、バンドの〈これまで〉と〈現在〉を融合させた、タイトル通りに〈これぞtricot〉というべき作品だ。
「『バキューンEP』にも入っていた“おもてなし”は私たちにとって自信作だったんですけど、その次の“99.974℃”を作ってるときに、〈“おもてなし”を超えたい〉っていう思いと、初めてのシングルっていうプレッシャーもあって、3年間の活動のなかで初めて行き詰まりを感じたんです」(中嶋イッキュウ)。
「レコーディングの前日まで曲を練ったことも初めてだし、サビのストレートさが私たちとしては新しい感じでもあったので、〈どうなんだろう?〉っていうのもあったんですけど、いざライヴでやってみたら、お客さんの反応がすごく良くて。それでみんな肩の力が抜けて、〈何をやっても大丈夫だな〉って、道が拓けました」(ヒロミ・ヒロヒロ)。
“99.974℃”以降に完成したという“おちゃんせんすぅす”“POOL”“おやすみ”を聴くと、フレーズやキメのおもしろさはそのままに、ある種のストレートさが大きな魅力になっていて、“99.974℃”をすでにしっかりと消化したことが伝わってくる。
「“POOL”はスタジオで最後まで一気に出来た感じで、〈まだ行けるな〉って思えました(笑)。“おちゃんせんすぅす”も難しいことは一切考えず、アホみたいな曲を作ろうと思って、みんなで笑いながら作ったら、すごくカッコイイ曲が出来たので、やっぱりこのスタイルがいちばん合ってるなって思いましたね」(キダ モティフォ)。
「僕は今回のレコーディングで一時期スランプに陥って。それまで家で緻密に考えてくるタイプだったんですけど、最近の曲に関してはスタジオの第一印象で出てきたものを信じるようになって、それからはアウトプットがスムースにいくようになったんです」(komaki♂)。
アルバムのクライマックスは、ミッドテンポの曲が立て続けに並べられた後半の流れだろう。直接的な心情吐露を思わせる歌詞と、中嶋のエモーショナルな歌にグッと引き込まれ、“おやすみ”の感動的なエンディングへと繋がっていく。
「基本的に歌詞はフィクションが多いんですけど、そのなかに自分の感情とリンクする部分がポツポツ転がってる感じです。ただ、言葉選びは変わってきてて、〈おやすみ〉っていう言葉も、前だったら出てこなかったと思うんです。ストレートな言葉ってちょっと痒くなるというか、隠して入れておくぐらいのほうが歌ったときに感情が入りやすかったりもするんですけど、説明しなくても伝わる良さっていうのもあるなって。いまだに〈愛してる〉とかは使えないんですけどね(笑)」(中嶋)。
インストから続く実質的なオープニング・ナンバー“POOL”で、中嶋は〈生きろよ〉と繰り返す。レコーディングを通じてバンドのあり方と改めて向き合ったことにより、彼女たちの最大の魅力であるライヴにも、少しずつ変化が表れている。
「初期の頃は、お客さんのことは考えず、ただ自分たちがカッコイイと思うことをやってて。それはいまでもそうだし、ダサいことは絶対やりたくないですけど、昔に比べると〈いっしょに楽しみたい〉っていう気持ちも出てきたとは思います。ただ、やっぱり狙って曲を作れるバンドではなくて、生まれるべくして生まれる音楽しか作れない人たちっていうのもあるので、これからも自分たちがカッコイイと思える曲を作っていきたいですね」(中嶋)。
PROFILE/tricot
2010年に中嶋イッキュウ(ヴォーカル/ギター)、キダ モティフォ(ギター/コーラス)、ヒロミ・ヒロヒロ(ベース/コーラス)の3人で結成。サポート・メンバーだったkomaki♂(ドラムス)が2011年に正式加入し、現編成となる。同年にライヴ会場限定でファースト・ミニ・アルバム『爆裂トリコさん』を、2012年には初の全国流通盤となる2枚目のミニ・アルバム『小学生と宇宙』をリリース。〈フジロック〉〈MONSTER baSH〉など大型フェスへの出演も果たし、年末には初のEP『バキューンEP』を発表。今年に入ってからも2枚のシングル“99.974℃”“おやすみ”をコンスタントに送り出し、このたびファースト・アルバム『T H E』(BAKURETSU)を10月2日にリリースする。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年10月02日 18:00
更新: 2013年10月02日 18:00
ソース: bounce 359号(2013年9月25日発行)
インタヴュー・文/金子厚武