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インタビュー

MOBY 『Innocents』



彼は1万ワット。ノスタルジックで甘美な〈光〉を放つ。そのサウンドの先に照らし出されたイノセント・ワールドを、いっしょに覗いてみないかい?



素朴で素直、そして優雅

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〈モービー史上もっとも美しいアルバム〉という看板に偽りなし。全世界で1,200万枚以上のセールスを誇った99年作『Play』以来いちばん優雅で、ストレートな訴求力を持つ作品が誕生した。タイトルの『Innocents』とはよく言ったもので、実に素朴で素直、そっと優しく心の襞に触れるような、エモーショナルな楽曲が並んでいる。今作でまず特筆すべきは——これは事件とも呼べるが——キャリア初となる外部プロデューサーを起用したこと。いままでずっとセルフ・プロデュースにこだわり続けてきた彼が、ビョークやマッシヴ・アタック、U2、ミューズらを手掛けるマーク“スパイク”ステントを指揮官として迎えているのだ。

「僕らは若い頃に同じような作品をたくさん聴いていた。参考となる音楽領域を共有しているのは素敵なことだよ。例えばブリティッシュ・エレクトリック・ファウンデーションのB面曲や初期ロックステディのシングルについて触れたところで、ほとんどの人にとってはよくわからない話だろうけど、僕らには凄く影響力を持っていたりする。今回のアルバムがダンス作品というより、ぐっと個人的なものになった理由はスパイクにあるんだ。彼と本当に共感したのは、感情的で個人的な音楽だったから」とモービーは話す。

このうえなく丁寧に練り上げられた、一切無駄のないサウンド——シンプリシティーの美学は健在だ。ツンツンと快楽のツボを突き、痒いところに手が届きまくるエレクトロニカは、流石2人の奇才が膝を突き合わせただけのことはある。さらに、今回ゲスト・ヴォーカリストを多数招いているのも大きなポイントだろう。その結果、より広く開かれ、多彩なヴェクトルを持つ作品となった。リリースに先駆けて公表された“The Perfect Life”では、フレーミング・リップスのウェイン・コインがデュエット参加している。

「“The Perfect Life”を作っていた時、ウェインの歌っているイメージが何度も浮かんだんだ。フレーミング・リップスは、開放的で祝祭的なところがバンドのカラーとして確立されていったよね。そのヴァイブは僕がこの曲で思い描いていたものにピッタリだった。僕はウェインに〈曲が出来たから歌ってみないかい?〉ってメールしたよ。その30秒後には〈いいよ。すぐに送ってくれないか? 楽しみだな〉って彼から返事が届いたんだ」。

牧歌的でレイドバック感さえ漂う両者の共演だが、それにはモービーがNYからLAへと移住した影響もあるのかもしれない。しかしながら、彼はみんなが想像するような西海岸の太陽燦々なイメージやビーチ・ライフとは無縁だと主張する。

「LAに住んでいることは、もちろんこのアルバムに影響を与えたよ。NYでは数え切れないほど多くのビルが立ち並び、人々が溢れ返るなか、僕は大きなビル内にある自分の閉鎖的なスタジオで制作していた。一方、LAでの生活はまるで田舎に住んでいるみたいで、1,500万人もいる大都会の真ん中にいながら隔離されているような気分になってしまう。前作『Destroyed.』では、ホテルや空港で生活しているために生じる日常との分離がコンセプトだった。常に時差を感じ、自分がどこの都市にいるのかさえわからなくなってしまうような、生気のない環境だったんだよ。『Innocents』にもそういった奇妙な感覚や場違いな雰囲気があるんだ。でも、それは僕が新しい都会の家にいるのに、実は都会じゃないっていうような感じだね」。



商業的な成功は期待していないよ

とはいえ、LAならではの収穫もあった。そのひとつが息を呑むほど美しいスロウ・ナンバー“Almost Home”において、神々しいヴォーカルを降らせているダミアン・ジュラード。彼を知ったのは、LAで車を走らせている最中だったという。

「LAの素晴らしいところは、生活の大半が車のなかで、それゆえにラジオをよく聴ける点だよね。KXLUやKCRWのような公共のラジオ・ステーションは、とてもしっかりした大規模な局だし、みんなが聴いているよ。そしてある日、彼の曲が流れてきたんだ。僕はダミアンの声にすぐさま惚れ込んだよ。あの極めて美しくて無防備で、純粋で、天使のような歌声にね。すでに楽曲は完成していたけど、メロディーや詞に対する彼のアプローチが気に入ったから、インストゥルメンタルのままダミアンの手に委ねたんだ。彼のやり方は、僕の頭に浮かんだどのアイデアよりも数倍素晴らしかったよ」。

ほかにも、スパイクを通して知り合った「リリックとメロディーを作る並外れた才能がある」と称賛するスカイラー・グレイがセンシュアルに歌ったかと思えば、「ゴシック・ブルースのようだが、アヴァンギャルドで意図的な不協和音を加えた感じ」という“A Case For Shame”と“Tell Me”(共に代表作『Play』や『18』の延長上にあるような仕上がり)でコールド・スペックスが凛としたスピリチュアルなヴォーカルを披露。さらに、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ作品などで知られる元スクリーミング・トゥリーズのマーク・ラネガンと、モービーのツアー・シンガーとしてお馴染みなインヤン・バッシーの2人も、それぞれ大人にしか出せない渋い魅力で圧倒する。しかし、さまざまなタイプのシンガーを揃えているものの、共演者のネームヴァリューに頼りたいなどという嫌らしさは微塵も感じられない。

「47歳になった僕がいまもアルバムを作るのは、ただ単にそれを制作することが好きなだけ。商業的な成功は期待していないよ」という彼のコメントを聞くと、独りよがりで難解な作品であるかのように思えるかもしれないが、まったく真逆。モービーに限っては、自然体でいればいるほど、彼らしい普遍的で宇宙的で絶対的な心地良さがそのエレクトロニカ・サウンドへと落とし込まれていく……と思っているのだが、どうだろう。大音量で聴いて良し、うっすらバックで流しても良し。もちろん悲しい曲もあるが、小川のせせらぎや、小鳥のさえずりのように、ホッとする空気感を持っていて、それらは耳を澄ますほどに聴き惚れてしまう快音なのだ。



▼『Innocents』に参加したアーティストの作品を紹介。
左から、フレーミング・リップスの2013年作『The Terror』(Warner Bros.)、ダミアン・ジュラードの2012年作『Maraqopa』(Secretly Canadian)、スカイラー・グレイの2013年作『Don't Look Down』(KIDinaKORNER/Interscope)、コールド・スペックスの2012年作『Predict A Graceful Expulsion』(Mute)、マーク・ラネガンの2013年作『Imitations』(Vagrant)

 

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年10月16日 18:00

更新: 2013年10月16日 18:00

ソース: bounce 359号(2013年9月25日発行)

構成・文/村上ひさし