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インタビュー

冨田ラボ



第二章の幕開け『Joyous』

冨田ラボ_A

このうえなくビターなアルバム。『シップディルディング』で船出してから10周年目に届いた冨田ラボの4作目『Joyous』の印象をそう伝えたところ、「確かにそうかもしれない」とマエストロ。厳格な設計に基づいて生み出されたサウンドは〈シップ・シリーズ〉と名付けられた前3作と同じく上質極まりないし、冨田ワールドの要であるストリングスの響きも変わらぬ美しさを誇っているが、何やら口どけ具合がこれまでと違う。その点について彼自身は「2012年に作っていたことが大きかった。それから、各曲の歌詞が内包しているメッセージのせいじゃないですかね」と分析してみせた。

東京に似た都市に暮らす4人の男女の群像劇が繰り広げられる本作。出演メンバーは、男性陣が横山剣とさかいゆう、女性陣が原由子と椎名林檎といった面々。なんてサラっと書いてみたけれど、最初に彼らが冨田ラボの一員になると知ったとき、興奮のあまりにヘンな唸り声を上げてしまったほどだった。アルバムは各自がソロをとる曲と、4人でマイクを分け合う曲が2曲、プラスインスト曲が3曲という構成。そう、〈シップ・シリーズ〉のように1曲ごとに歌い手ひとりが立つというスタイルは今回採用されていない。それにしても実に刺激的な組み合わせが実現したものだが、冨田ラボ史上これほどまでアクの強いシンガーが揃ったことはなかったと言える。

「最初に決まったのが剣さんだったことが大きいんじゃないですかね。彼を起点として調和を求めていった結果、このような人選になったんです。で、林檎さんも剣さんも、自分の趣味性を強く押し出した音楽をやられている。それを維持しつつ、メジャー・シーンで自分のポジションを確保し続けるのは難しいことだし、ある種複雑な作業だと思う。今回期せずしてそういった方々が集まったという気持ちがあり、そういえば自分もそういう立ち位置だなと再認識したりもして。僕なんて放っておくとドジャズとか現代音楽の方向にどんどんいっちゃうような人ですからね。メジャーの仕事でも自分の趣味性を滑り込ませなければ気が済まない。でもどうしても塩梅を考えてしまうという面倒くさい作業をやり続けてきたわけで(笑)」

そんな個性が立ちまくった面々を迎えるにあたって用意されたのは、椎名林檎が歌う80s的なシンセ使いが印象的な“やさしい哲学”、横山剣が歌う男臭いアフロ・ファンク調の《on you surround》などかなりエッジの立った楽曲で、ソフト&メロウな感じは抑え気味となった印象。特に原由子がブルージーな歌声を聴かせる《私の夢の夢》のカッコよさは特筆モノだ。また作詞家陣は、高橋幸宏、青山陽一、中納良恵、堀込高樹とこれまた個性的な面々が揃っているが、彼らが共通して描いているのは、〈3.11〉からさほど時間が経ってない頃にあらゆる場所を覆っていたムードのようなもの。

「これを作っていたのは主に2012年だけど、僕のなかでその時期の記録という意味合いがすごく強い。〈シップ・シリーズ〉のときもそうだけど、歌詞に関してどういうふうに書いてほしいとか一切注文していないんです。でも共通した傾向の歌詞が出来上がってきて。まぁ2012年に歌詞を書こうとしたら、ラヴソングなんて歌っている場合じゃない、となるのは予測してましたがね。僕は3.11がどうのこうのと言おうだなんて考えてなかったけど、こうやって作品に自然と色濃く表れてきてしまうほど大きな出来事だったんですよね。やっぱり、他愛のないラヴソングを歌えることが健全な状態だと思うんですよ。でもそういうバランスが崩れてしまっていた。そういった時期に大人たちが集まって作ったものだから、誰かを好きになっちゃった、みたいな歌詞はまったく出てこなかった。スウィートな部分が省かれているんだから、そりゃビターにならざるを得ないよね」

さらに「曲が内包しているメッセージ性を掬い上げて強く届けようとするシンガーが揃ったことでこれまでにない生々しさが生まれているかもしれない」ともマエストロは言うが、歌詞のなかの物語をこの4人の歌声が豊かに押し広げてみせていることは確かであり、どこかグルーミーな都市の生活風景を見事に立体化させていくのである。そんな濃ゆい4人が絡む《都会の夜 私の街》《この世は不思議》の作詞を担当しているのは、なんとなんと坂本慎太郎だ。どこまでも絶妙過ぎる人選にまたもやヘンな声が漏れてしまいそうになるが、どちらもあらゆる点で奇跡的なバランスで組み上がった名曲に仕上がっていると言っておこう。とりわけ奇妙な狂騒感を湛えた《この世は不思議》が素晴らしく、2012年的感覚を〈不思議〉と表現してみせる彼について「彼のそのスタンスは正しいと思いますよ。それは僕のスタンスでもある」とマエストロもはっきり答えている。

〈不思議な楽園〉と名付けてみたくなる冨田ラボ第二章の幕明け『Joyous』。まさに順風満帆の船出を切ったと言える。あとは今回参加のシンガーすべてを集めた夢のライヴの実現を待つだけだ。



カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年10月22日 10:00

ソース: intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)

interview & text : 桑原シロー